82.片割れ

 夏の盛りを迎えて、青い桜は散ることもなく。自身の透明なる青さを慎ましやかに誇っている。
 桜は刀剣男士につきものではあるが、この本丸では青い桜が常に咲き綻んでいる。そのために、他の本丸からは青桜の本丸というのが通称になっていた。
 とはいえ、いくら優雅に桜が空に揺れようとも、暑いものは暑い。冷房は各所に設置されているが、それでもやりきれない暑さに山姥切長義などはお冠だ。出陣から帰ってくる刀剣男士たちにも覇気は無い。まだ、出陣先の方が幾分か涼しいのだろう。
 熱暑は変わらず日ノ本を侵し続けている。
 それでも、小狐丸と三日月宗近は背中合わせという姿勢ではあるが、少しも離れようとしないで扇風機の風を浴びていた。二振りがいるのは本丸の広間である。他にも幾振りの刀剣男士が寝そべっていた。
 暑いというのに、慣れのためか小狐丸も三日月も初の出陣衣装のままだ。その格好を見ているだけで暑いと加州清光からは文句が飛んで来たのだが、小狐丸も三日月も気にするほど細い神経は持ち合わせていなかった。ただ、三日月が小狐丸に隠れるような仕草を見せたので、加州が移動することになった。
 小狐丸は豪風とは言いがたい扇風機の風を真正面から浴びている。三日月は広い芥子色の背中に寄りかかって、目をつむっていた。穏やかな様子から、まさか寝てはいないだろうと小狐丸は手を伸ばす。
 触れた三日月の頬はひんやりとしていた。常と変わらず、湖面に揺れる月の冴えた冷たさだ。慣れ親しんだ熱に微笑を浮かべると、三日月の手が小狐丸の手を覆う。
「熱い」
「そうですか」
「ああ。だが、これほど好ましい熱を俺は他に知らないな」
 言って、三日月はさらに小狐丸の左手に指を絡めてくる。小狐丸も決して弱いとは言えない力でつかみ返した。
 目を合わせる。
 かたや、昼を燃やす黄昏を宿した紅い瞳。
 かたや、夜を包む仄闇を宿した紺青の瞳。
 似ているところもありながら、全く正反対なのが自分たちだ。同じ刀匠から作られた「らしい」というところにしか共通点はない。
 それでも惹かれ合った。恋に落ちた。小狐丸には三日月しかいないのだと魂が理解している。それは三日月も同様だと信じたかった。
 だから、くだらない問いが口からこぼれる。
「三日月はどうして私を好きでいてくださるのですか?」
「同じことを俺が尋ねたらどうするんだ」
「それは」
 小狐丸は素直に考えこむ。出てくる答えは大抵一つだ。
 はんぶん、だから。
 狐としての自分と、刀としての自分。小狐丸を大別したらその二つになる。
 そうして、刀としての自分の誇りや矜持、自負といった感情は全て三日月からもらった。三日月が刀匠三条宗近を語り継いできたから、自身もまた小鍛治によって存在を証明されている。刀としての小狐丸を支えてきたのは三日月で、それはもし、他の本丸で別の刀に心惹かれようとも、絶対に変わらないことだ。
 それだけのことなのに、言葉にしようとすると難易度が高く、小狐丸は口元をほころばせるに留めた。ただ、黙って三日月の髪を撫でる。さらさらと指先を滑る射干玉は溜息が出そうなほど心地よい。
 三日月も返答はないというのに微笑っていた。
 その後に、くいと袂を引っ張られる。目を閉じて夢を見るような表情を三日月は浮かべているので、小狐丸は重力に従うことにした。
 口付ける。
 薄い唇と舌に自身の牙を立てすぎないように気をつけながら、小狐丸は三日月の口内を愛撫していく。大きくざらりとした舌で撫でさすり、舌が出てきたら甘く噛んでみる。唾液と合わせて接触する度にふるりと揺れる腕の中の体がたまらなく愛おしい。
 唇を離すと、銀の糸がたらりと口元を伝っていた。三日月はすでに情欲をそそる表情を浮かべている。
「戻りますか」
 これ以上、無防備な貴方を衆目に晒したくない。
 言外に伝えると、、三日月はこくんと小さく頷いた。そうして小狐丸の胸板で顔を隠す。小狐丸も三日月を両の腕で覆い隠した。
 恥ずかしがり屋な貴方がこんなにも可愛らしいなんてこと、知っているのは私だけでよいのです。




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    こぎみかとリクサラを主に、世界を大切にしつつ愛し合うカップリングを推しています。

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