外から見ると法則すら成立していない摩訶不思議なことばかりが起きているというのに、内にこもるとおかしなことに異常な事象の全てが正常に思える。
神々とは異なる存在が作り上げた幻想郷は今日もなにがしかの騒動が起きていた。しかし、その騒動すらも起きて当然であるために博麗の巫女が解決に向かうかどうかは気分次第である。
同じく、幻想郷に異変が起きる度に行動する霧雨魔理沙も同様であった。
「腹、減ったなあ」
魔理沙は霧雨魔法店の会計台に腕を組んで突っ伏しながら、小さく唸った。かといって食べ物が自分から「私を食べてください」とやってくる訳でもないので、いずれはどこかで補給をしなくてはならない。だが、空腹のため動くのもまた面倒という負の循環に囚われていた。
「あー。自分からなんか食べる物がやってこないかな」
その時に、霧雨魔法店の扉が開いた。魔理沙が横目で視線を向けると、入ってきたのは同じ魔法の森で暮らしている、アリス・マーガトロイドだった。今日もボブカットで揃えられた金の髪が鮮やかだ。
「お、アリス。どうした?」
「忘れ物を届けに来てあげたのに、その態度はないでしょう」
言って、アリスは会計台に近づくと、ぽんと青い袋を置いた。
「お弁当。作ったのに持っていかないなんて、意味が無いでしょう」
「はは、そりゃそーだ」
昼に億劫がって霧雨魔法店にこもるとわかっていたため、朝遅くに起きて自分のために弁当を作っておいたというのに、それを忘れるなんて全くもって意味が無い。取りに行く気すら起きなかったのだから、相当だ。
もしかすると、夕食に回せばよいと思ったのか、それともアリスが届けにでも来てくれると無意識に考えていたのか。どちらにせよ楽観的に過ぎる。
アリスは見慣れた店をくるりと見渡しながら、また弁当袋に視線を戻した。
「食べないといけないから、人間は不便よね」
「アリスだって美味いものなら食べるし酒だって飲むだろう」
「私にとってはそれが娯楽なだけであって、生きるのに欠かせないものではないもの」
「ふーん」
娯楽。
その単語を聞いて、魔理沙の頭に電灯が瞬いた。
しばらく根を張っていた椅子から下りると、がらくたの山と称されては相手にスターライトレヴァリエを撃ち返す、商品の群れを探っていく。手応えを感じると、他の商品が崩れ落ちるのもかまわずに引っ張り出した。
それは黒い小さなピアノだった。両手で収まるくらいの大きさだ。
「あら。可愛いじゃない。これはどうしたの?」
「河童たちと……確か、半年くらい前になんかと交換してもらったんだよ」
ピアノを会計台の上に置く。蓋を開けると白黒の鍵盤がきちんと並んでいた。しげしげと眺めていたアリスは人差し指をラの鍵盤の上に置いた。低く、暗く、だが艶を感じさせる音が鳴る。修理品とは思えないほどに澄んだ音だった。
アリスはその後も適当に音を鳴らしていく。演奏ではない。気に入った音をとん、たん、とんと響かせていく。
魔理沙はその様子を口元に笑みを浮かべながら眺めていた。普段は顔を合わせるとつんけんとした態度ばかりを取るアリスだが、自分が見定めた商品を扱うのを見るのは悪くない。どうだ、と誇らしい気分にすらなる。
「こういうのも面白いよな」
「そうね」
それから、ミ、ソ、ドと鳴らしてアリスはピアノの蓋を閉めた。そして、元からあったらしき場所に戻す。
魔理沙は顔を上げる。
「なんだ。いまのは買う流れだっただろう」
「お生憎様。私は物をやたらと増やす趣味はないの。でも、たまにならいまの子を弾きに来てあげてもいいわよ」
「弾くってほどの演奏じゃなかっただろ。あと、その前に売り切れても文句は言うなよ?」
念を一応押しておくと、アリスは「はいはい」といつもの澄ました表情で流してきた。先ほどまでの穏やかな雰囲気はすでに霧散してしまっている。
つまらなくなった魔理沙はアリスに持ってきてもらった弁当袋を開ける。一緒に入れておいた箸をつかみながら、ばくばくと食べ始めた。
アリスは微笑してから霧雨魔法店を出ていく。彼女も彼女でやることがあり、優雅に多忙なのだろう。
それでも、魔理沙の家に寄って弁当袋が机の上に置かれたままなのに気付き、仕方ないと持ってきてくれたのだ。
「そこに愛があったら、もう少しいいのにな」
たとえあったとしてもアリスも自分も素直に口には出さないことはわかりきっていることだが。
83.楽器
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