77.夢の果て

 二十二世紀。
 これはまだ、ドラえもんがセワシと共にのび太のいる時代へ訪れる前の話になる。ドラえもんも子育てロボットとして一人前になるためにロボット学校で学び、遊び、友情を育んでいた頃の、ある一ページのことだ。
 まだ黄色いネコ型ロボットであるドラえもんは王ドラがいる救護室の前で、腕を組んで廊下をうろうろと入ったり来たりをしている。
「少し落ち着くであーる」
 もとから友情に厚いドラえもんとはいえ、その心配具合に制止をかけたのは桃色をしたネコ型ロボットのドラメッド三世だった。しかし、彼も眉を斜め下げている様子から外見よりも落ち着いていないことがわかる。
「うん。でも、やっぱり心配なんだ」
「気持ちはわかるぜ。王ドラ、がんばっていたもんな」
 ドラえもんの相槌に乗っかったのはドラえもんよりも明るい黄色のネコ型ロボットである、ドラ・ザ・キッドだ。手にしている空気砲をくるくると回している点から、彼も落ち着かないのが伝わってくる。
「みんな、だいじょーぶだよ」
 呑気に言うのは緑色のネコ型ロボットであるドラリーニョで、集まった仲間たちの中では一番心配の色が薄かった。彼自身もサッカーのアスリートであるため、怪我というものに慣れているのだろう。
「がう」
 濃茶色したネコ型ロボットである、ドラニコフも一声と共に力強く頷いた。
 ドラニコフは製造されると同時にあるひみつ道具を浴びたことによって、基本的に無口なネコ型ロボットになってしまった。丸いものを見ると狼の口があらわになるのもあり、常に青いマフラーで口元を覆っている。
 ドラえもんは囲むように揃っている仲間たちの励ましを聞いて、これでは王ドラと自分のどちらが心配されているのかわからないなあと思ってしまった。足を止めて、頭をかく。ドラえもんが恥ずかしいときにいつもする仕草だ。
 すると、同時に救護室の扉が開く。全員が開いた扉に向き直る。
 中からは、赤い角の生えたネコ型ロボットであるエル・マタドーラに肩を貸してもらいながら、足を引きずりつつ歩く王ドラが出てきた。
「みなさん」
「王ドラ! だいじょうぶ?」
 ドラえもんが声をかけると、全員の視線が王ドラに向いた。王ドラは苦笑しながら、首を縦に動かす。だけれども、足をいつもより短い歩幅で動かしている様子を見ると無事だとはお世辞にも言えそうになかった。
「ほら、どいたどいた。手当はしてあるから、三日安静にしてたら治るってよ」
 エル・マタドーラの言葉にドラえもんは一瞬だけほっとするが、また思い出した。
「三日って……カンフー大会は明後日でしょう?」
「ええ。ですから、今回は欠席ですね」
 本心は悔しいだろうに、王ドラは穏やかな調子で答えた。その様子がドラえもんには切ない強がりに見えてしまう。他の仲間たちも同じだろう。唯一、平然としているのはエル…マタドーラだけだ。王ドラとは硬派と軟派でいがみ合うことが多いとはいえ、少し冷たいのではないかとドラえもんは思った。
 ロボット学校の廊下を七体揃ってぞろぞろと歩いていく。
 その途中で、ドラ・ザ・キッドが算数教師に見つかり、宿題の期限が過ぎていると連れていかれた。一体が脱落する。
 さらにその次に、ドラリーニョが校庭から「サッカーをするから、参加してくれ」と頼まれて跳んで去っていった。これでまた一体がいなくなる。
 その後も、ドラメッド三世が不運にも水をかけられて走り出し、ドラニコフも丸い時計を見て大暴れをするなどして、列から消えていってしまった。
 残るはドラえもんとエル・マタドーラと、王ドラだけだ。ロボット学校を抜けて、ロボットマンションまで歩いていく。
「ドラえもん。もう、大丈夫ですから」
「でも」
「お前も宿題があるんだろ? 王ドラは俺様が連れていくから、かえったかえった」
 先ほどの縄で縛られて連れていかれたドラ・ザ・キッドを思い出すと、意固地になることもできず、ドラえもんはエル・マタドーラと王ドラを背にして自分の部屋に戻っていった。
「けんかしないといいんだけど」
 最後まで、心配はなくならない。

 ドラえもんが去った後に、王ドラはふうと息を吐いた。その様子を横目で見ながら、エル・マタドーラは呟く。
「つよがりめ」
「エルに言われたくありません」
 ロボットマンションの中央にある広場で足を止める。ここまで王ドラを引きずってきたエル・マタドーラも相当疲れたのだろう。いますぐ口癖の「シェスタ」と言って寝こけないか不安になるのだが、エル・マタドーラも座るだけで横になることはしなかった。
「で、なんでケガなんてしたんだよ」
「言いたくありません」
 王ドラはぷいっとそっぽを向く。
 エル・マタドーラはじいっと王ドラを見た後に、声を上げた。
「王ドラさあん」
 甘い響きにどきりとする。エル・マタドーラを見ると、両手を左頬の横に添えてにこにこしていた。まるで、「こんな調子で話しかけられたんだろ」と言わんばかりだ。実際に当たっている点がなお辛い。
 エル・マタドーラは見ていたのだろう。王ドラが階段で女生徒に声をかけられて、ずっこける姿を、目撃していたのだ。
 だから、誰よりも早く王ドラを救護室に連れていけたのだ。
「知ってたなら、聞かないでくださいよ!」
「いひひ」
 エル・マタドーラは意地悪く笑う。普段の王ドラなら足が出ていただろうが、いまは怪我をしているのとここまで連れてきてくれた負い目があるために、何もできない。ぐぬぬ、とにらみつけるだけだ。
 エル・マタドーラはひとしきりにやにやした後に、ふっと表情を緩める。
「また次があるだろ」
 その言葉は思いがけない優しさとなって王ドラの胸に染み入った。
 今回は出られない。だけれど、次があるのだから、その時にがんばればいいのだ。エル・マタドーラは穏やかに、そう言った。
 言われてしまえば意地を張るのも馬鹿らしくなって、王ドラは暮れなずむ空を見上げながらうなずいた。




    信用できる方のみにお願いします。
    • URLをコピーしました!
    • URLをコピーしました!

    Writer

    創ることが好きな人。
    こぎみかとリクサラを主に、世界を大切にしつつ愛し合うカップリングを推しています。

    目次