カルデアのマスターからの素材集めで様々なところに行かされる。いくらシミュレーションとはいえ、よくもこんなものを再現できたと思うものもある。
千午村正にとってそれは、真白き樹海だった。木々が繁茂して地上を覆い尽くし、歩くだけでも困難だ。
今回の参加者は村正の他にはパールヴァティーと最近になって召喚されたダンテになる。敵がランサーとアーチャーであるためにこの面子で組まされたのだろう。
太い根を大股で避けて歩いていると、村正はパールヴァティーに声をかけられた。
「すごい場所ですね」
「ああ。なうい・みくとらんも中々だったが、こっちも勝るに劣らねえな」
「ふふ……私はどんな道も歩き慣れているので大丈夫……」
ダンテの頼もしいと解釈できもする言葉を聞きながら、目的の敵を見つけて戦闘になる。持たされた概念礼装はすでに最大進化した「カレイドスコープ」であるために、即座に宝具を放つことができた。敵は即座に斬撃を受けて、雷を浴び、炎に焼かれて消滅する。残されるのは青く透明な立方体だけだ。
「これで終わりだな」
「ええ。ですが、私は村正さんに聞きたいことがあります」
穏やかな微笑を浮かべながらパールヴァティーは言った。面倒事の気配を察知して、村正はのらくらと逃げようとする。
「ほら、今日の昼食とか」
「エミヤさんがいるから大丈夫です」
「マスターに報告を」
「今回の件は許可を取っています。ずばり」
間を、作られる。村正は覚悟を決めてパールヴァティーの問いを聞くことにした。ダンテにユニバーサルキューブを渡す。蚊帳の外に置かれることに慣れているのか、ダンテは端役に回ってくれていた。
「村正さんはカーマと、ドゥルガーから意識されていますよね」
いままで逃げ回っていたが、ついに問われることになった。
原因は依代にあるらしいのだが、村正はカーマからは逃げ回られながらも好意を寄せられていて、ドゥルガーからも陰日向から熱い視線を注がれる。嫌ではないが、困ってしまうのはそれによってアルトリア・キャスターがむくれることとイシュタルが面白がることだ。外洋の女神と縁はないはずだというのに、やたらと絡まれる。
村正が眉を寄せて、口元をひん曲げて目を逸らしていると、パールヴァティーは想像していたよりも十倍も優しい声で言った。
「わかっています。貴方は、似ていますもの」
「なんにさ」
「秘密です」
にっこりと微笑まれて言われたら、それはそれでもやりとしたものが胸にわだかまる。村正はがしがしと緋色の頭を掻いた。
「でも、それならそれでアルトリア・キャスターさんか、イシュタルさんか、私たちか。ふらふらされると困るので、きちんと選んでくださいね」
今度は一転して厳しく言われた。
選ぶと言われても、何を。
自分たちは立香に力を貸すようになった人理の影法師であるわけで、色恋沙汰の主役になるわけは毛頭ない。アルトリア・キャスターもイシュタルも、自分よりもマスターをからかって面白がる方が好きだろう。
当然、カーマだって。
そこまで考えたところで、村正の胸につきりとした罅が入る。その理由がわからなくて、首を傾げた。
カーマに対して、自身が一風変わった関係を築いてることは自覚している。カーマにだって、幼い男子が好きな子にするような意地悪を何度もされた。
だからといって。いま、この瞬間でマスターに愛を求めるカーマを想像すると、とてつもなく面白くなかった。
「ふふ……そして、また敵が現れたよ……」
ダンテの一言により、再び臨戦態勢に入る。
その日の村正の剣は常より、爪の先ほど僅かだが鈍っていたらしい。
シミュレーションから帰還して、村正はダ・ヴィンチに素材を渡すと真っ直ぐ歩いていった。
自身の部屋ではない。マスターの部屋でもない。
おそらく、いると思った。
空が見える廊下の広く取られた窓に寄りかかるカーマを見つけて、村正は歩く速度を速めた。足音に気付いて、カーマは顔を一気に朱に染めて逃げ出そうとする。
だけれど、村正は許さなかった。後ろからカーマを抱きしめる。
「ちょ、な、なにしてるんですかー!」
「わりい」
「そう思うなら、放して」
腕を振るいながらわめこうとするカーマだが、ふと大人しくなる。それは常ならば感じられる余裕が、村正に欠けていたからなのかもしれない。
カーマの腕が伸びる。儚い力で抱きしめ返される。
村正は目を閉じた。
愛で満たし、だけれど愛に飢え、しかし決して愛を受け容れることの叶わない少女。
このカルデアの千午村正にとって特別な、少女だ。
アルトリア・キャスターやイシュタルにも思うところはあれど、それでも。村正がもし選ぶことを許されるのならば、きっと、この少女の手を取ってしまう。
だけれど、選択の機会など与えられないことをパールヴァティーは知っていたから、釘を刺してきたのだ。
なんとまあ、厄介な女神だろう。