いつまでも

 弥生の初めの頃でさえ、翠の蓮が粛々と咲いている本丸であるために、その本丸は翠蓮の本丸と呼ばれていた。
 その翠蓮の本丸には変わった点がいくつかある。数奇な出来事の一つは三日月宗近が女体で顕現したということだ。戦うためのたくましい骨としなやかな筋肉を併せ持つのではなく、柔らかな肉を身にまとって現世に降りた三日月の存在は大層異端だ。
 だけれども、三日月本身はそのような些事など気にしていない。いまも廊下を歩く足取りは軽やかだった。
 小狐丸は部屋に近づく聞き慣れた音に耳を傾けながら、布団を畳んでいた。性差はあれども小狐丸と三日月は、三日月の無言でありながらも頑なな主張によって同室とあいなった。もとから二振りは番という関係であるのだから、離れていても三日月がどこを寝床にするかという課題も明白なものとして、あった。ならば、厄介事の種は一つでも減らしておいた方がよい。そのような審神者の英断もあり、小狐丸は三日月と共に過ごしている。
 だが、二振りはまだまだ清い関係だ。三日月が不満に思うほどに。
 小狐丸が布団をたたみ終えて、押入にしまった頃に三日月は部屋に戻ってきた。まだ修行に出ることが、というよりも本丸から一振りで離れることが叶わない三日月は初の出陣衣装でいる。小狐丸は極に至っているが、同じく今日は初の出陣衣装だ。
「どこに行っていたのですか?」
「京極正宗と道誉一文字のところだ。二振りから、面白いことを聞いてな」
 三日月はてこてこと小狐丸の隣に並ぶと、見えない耳に向かって囁きかけた。
「今日はな、白い日らしいぞ」
「白い日?」
 初めて聞く名にきょとんとしていると、三日月は存知の側の余裕を持って説明をする。
「相手にちよこを贈ったものが、くっきい、あめ、まかろんといったものをもらうそうだ」
「なるほど。それで、三日月は私に用意してくれたのですか?」
 今度は三日月がきょとんとする。「何を言っているんだ」と言わんばかりの表情だ。
「あにさまからもらうに決まっているだろう」
「今年のちよこを用意したのも私なのですけれどね」
 ささやかな苦笑を浮かべながらも、いやな気持ちは少しもなかった。そこまで三日月から信頼を得て、贈り物をねだられているのだと考えると、この両腕で包み隠せるほど小さな妹が可愛くて仕方なくなってしまう。
 小狐丸は三日月をそっと抱きしめる。小狐丸の両腕でくるまれた三日月もまた、小狐丸の胸板に頬を寄せた。
 しばらく身体があることによる温もりを味わっていたが、小狐丸はふと、という様子で口を開いた。
「ですが、ちよこもくりすますも白い日も、時間遡行軍との戦いが無事に進んでいる証なのかもしれませんね」
 抱きしめていた。三日月の身体が少しだけ硬くなった。小狐丸は気付きながらも、触れない。話を止めることもしないで続けていく。
 三日月が聞きたくないとしても。
「ちよこの催事が始まったのは、確か三年前。そしてくりすますは昨年から。これらは、本来の歴史にはあったはずの催しです。それらを楽しむ余裕も、いままでは歴史から奪われていましたが、歴史修正主義者や時間遡行軍といった勢力が多少なりとも弱まったのもあり、私たちが楽しむ余裕も生まれたのでしょうか」
「俺はそんなこと、知らぬよ」
 返された声は沈んでいた。先ほどの「白い日」について話していたときの弾んでいた声音は嘘のようだ。
 三日月は本丸で過ごすいまこの瞬間を楽しんでいる。仲間がいて、一振りだけでいることはない。博物館でしまわれているだけではない。
 そして、何よりも小狐丸が傍にいてくれることに至福を感じてくれている。そのことは小狐丸だって、とても嬉しい。
 現世にはすでに存在しない身でありながらも、この本丸では愛しい刀に振れられる身体と精神、そして通じ合った想いがある。
 そう簡単に失えるものか。
 だからこそ、考えてしまう。戦時の平和から抜けだし、本当の平穏が訪れたときに小狐丸という乱世に顕現した刀はどこに還るのか。役目を済ませたと見なされ、またどこかに流れてしまうだけなのか。
 魂の在処を証することのできる存在など、いない。
 だから小狐丸はたまに、三日月の隣に立つのは自分ではない方がよいのではないかと考えることがある。口が裂けても言えないことで、実際に伝えてしまったら、三日月は激怒では治まらない怒りを向けてくるだろう。
 それほど小狐丸のことを慕ってくれている。
「なあ、あにさま」
 三日月が呼ぶ。小狐丸だけを呼ぶときの、少し甘ったれた声で、呼んでくれる。
「はい」
 だからこそ小狐丸も応える。
「あにさまは、歴史修正主義者との戦いが終わるまで、あとどれだけ俺と共にいられるのかを考えていたのだろう?」
「三日月にはお見通しでしたか」
「当たり前だ。あとな、ずっと、だからな」
 続く言葉の意味が分からずに三日月の顔をのぞき込んだ。
 普段は落ち着いた美しいかんばせに怒りの炎をちらつかせながら、壮絶な笑みを浮かべて小狐丸を見上げている。思わず、喉が鳴った。
「もう、俺はあにさまを手放しなどしない。自由にすらさせてやらない。あにさまを留め置く行為が摂理に背く悪行だとしても、俺は、もう、あにさまがいないと立ち続けることすらできないのだからな」
 小狐丸の着物をつかむ手に込められた力もまた、雄弁に語っていた。
 失われてしまったはずの小狐丸が、もう一度、この手に落ちてきたというのならば。
 二度と手放すものか。
 小狐丸は三日月の手に手を重ねながら、淡く微笑んだ。
 笑みの種類は違えども、互いに胸に抱く想いは一緒だった。離れたくない。放したくなどない。
 共に、いたい。
「不思議ですね。貴方が言うのならば、何でも叶ってしまいそうな気がします」
「そうだろう。だから、俺は叶えるさ。あにさまと残りの畢生を全て過ごすという、俺だけのささやかで傲慢な願いを、必ず」
「傲慢ではありませんよ」
 だって。
「私も全く同じことを願っていますから」
 だから、大丈夫だと三日月の背中を叩くと、うりうりと身を寄せられる。その姿が小狐丸には可愛らしく映って仕方がなかった。
 口元を緩ませながら、小狐丸は三日月に話しかける。
「それでは、私からの『白い日』の贈り物を見つけにいきましょうか」
 三日月は頷いた。抱きしめあっていた腕を自由にして、指を一本ずつ絡ませていき、手を繫ぐ。
 小さく柔らかな手に触れていると、小狐丸も、願わずにはいられなくなってしまった。
 この手を離さないでいられるように。
 いつまでも、いつまでも一緒にいられるように。


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    こぎみかとリクサラを主に、世界を大切にしつつ愛し合うカップリングを推しています。

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