四季によって咲く花は移り変わる。しかし、その本丸には一年の間、絶えず黄色い藤が咲いている。いつしか花は本丸の象徴となり、ただの本丸から「黄藤の本丸」と呼ばれるように変わっていった。
黄藤の本丸では現在観測されている全ての刀剣男士が集められている。さらに、他の本丸には決してありえない一振りも存在していた。稲荷明神の相槌によって打たれた刀である小狐丸と、天下五剣の名を冠する最も美しい刀、三日月宗近の鋼を掛けあわせて誕生した人工刀剣男士である。
名は、宵という。
薄闇の髪と赤い瞳を持ち、いつもぼけっとしている小さな刀だ。
その宵を挟んで、黄藤の本丸の縁側にて小狐丸は三日月と桜餅を食べていた。宵と三日月は長命寺と呼ばれる、皮が薄く細長い桜餅だ。小狐丸だけ、餅米をあんこの周囲にまとわりつかせた道明寺を食べている。
陽気はうららかだ。春の盛りを迎える前の穏やかさに満ちている。差し込む日差しは暖かく、頬を撫でる風はやや寂しさを残していた。
宵はびよりと皮を伸ばし、またもちもちと咀嚼を続ける。そうして、塩漬けされた葉にさしかかってから小狐丸に尋ねた。
「はっぱも食べていい?」
「それは食べません」
宵は歯形の付いた長命寺を見つめて、すんすんと匂いをかぐ。
「いいにおいがする」
食べたい、と暗に訴えてくる。子どもの食欲旺盛さに小狐丸はくらりと目眩を覚えてしまった。
「食べてしまったら、腹の中に葉っぱが張り付いて、痛くなるぞ」
「ならやめる」
三日月のたしなめを聞いて、宵はぺりぺりと葉を剥がすと皿の上に乗せた。そうしてまた小さな口を精一杯開けて、長命寺を噛み千切る。もきゅもきゅと音がしそうなほど、頬が膨らんでいた。
自分の言うことはあまり聞かないというのに、三日月に対して素直であることに小狐丸は少々傷ついた。甘く見られている、というわけではないだろう。普段から三日月と過ごしている時間の方が長いため、小狐丸よりも三日月を信用しているのかもしれない。
小狐丸だって、愛しい我が子を置き去りにしたいわけではないのだ。ただ、二振り目の小狐丸として、練度を上げるという審神者の方針に従っている。そのため、遠征や出陣にと忙しい日々を送っていた。
宵は長命寺を食べ終えて、指の先を舐めている。三日月が「行儀が悪いぞ」と止めた。小狐丸は濡れたふきんを探しに席を立つ。
厨の近くの縁側であったため、すぐに厨で料理をしていた後家兼光から濡らしたふきんをもらって、戻る途中のことだ。
「かかさま」
「ん?」
「どうして、かかさまのさくらもちはくるくるで。ととさまはもちもちだったの」
純粋な問いだった。
だからこそ、小狐丸は先に進む足を立ち止まらせ、三日月は困ったように「ううん」と言った。
「どうしようもないから、俺と、ととさまは違う桜餅を食べているのだろうなあ」
「どうしようもない」
「ああ。俺はずっと、ととさまと同じ桜餅を食べたかったのだけれどな」
いまは東の京を住まいとする三日月宗近であるが、千年前に西の京で三条宗近によって打たれたことが長き旅の始まりだ。そして、同じ三条宗近によって打たれた小狐丸は基本的には西に在り続けている。
かつては西の地で共にあったけれども、いつの間にか西と東に小狐丸と三日月は裂かれてしまった。小狐丸が三日月を置いていって、先に所在不明になってしまったから。
だから、小狐丸と三日月は違う桜餅を食べている。
つくんと胸が痛む。足を踏み出す勇気が出ない。
「かかさま、まださくらもちたべるの? だったら、宵もたべたい」
だって。
「宵はくるくるも、もちもちも好きだもの」
顔を合わせていたわけではない。それでも、小狐丸と三日月の目は同時に見開かれた。
肝心の宵はじっと、真っ直ぐに三日月を見上げている。手はねばついているのか、指先をくっつけては放しながらというのが少々間抜けだ。
ただ、宵の言葉に小狐丸も三日月も救われた。
西と東という、滅多に会うことの叶わない溝が小狐丸と三日月の間には横たわっている。だけれども、きっとそれは些細なことなのだろう。
宵という存在が自身と三日月を繫いでくれている。
「お待たせしました」
大分前からいたことに気付かれないようにしながら、小狐丸はさりげなく二人の間に入る。宵に濡れたふきんを渡すと、宵はせもせもと小さなもみじの全体を拭っていく。
その様子を見ていた小狐丸と三日月の目が合い、微笑する。
離れることによって、二振りの間で変わってしまったことも多くある。だけれども、いまは同じ本丸に存在し、肉体だってある。言葉も交わすことができる。
たとえ何度別れることになったって、その度に繋がり直せばよい。そして、自分たちには繫いでくれる小さな手があるのだ。
宵という、自分たちが望んだ小さな命が存在してくれている。
「ととさま」
「はい。手は拭けましたね」
「うん」
宵は小狐丸に濡れたふきんを返す。小狐丸も盆の上に丸めてふきんを置いた。
「なんじゃ、さくらもちでも食べていたのか」
厨のある方向の反対側から歩いてきた、極の出陣衣装に身を包んだ小狐丸が現れる。宵はぴこりと立ち上がって、腰にへばりついた。
「ににさま」
「おかえり」
「ああ、帰ってきた」
敬語を使わない、極に至った小狐丸は少々複雑な事情で黄藤の本丸が現在所持している。また、宵はなぜだか「ににさま」と呼びながら、こちらの小狐丸に大変懐いている。同じ小狐丸の刀として、「ととさま」の小狐丸は複雑な心境に陥ってしまうこともままあった。
「宵はどういった桜餅を食べたんじゃ?」
「くるくるしたの」
「なるほど。正しい桜餅を食べたんじゃな。もう一つの方は道明寺といって、正確には桜餅ではないそうじゃ」
小狐丸の豆知識に、三日月も「ほう」と感心する。
「でしたら、次は正しい桜餅を私も食べましょうか」
三日月と宵も頷く。
そうして、極の小狐丸も並び、四振り揃って縁側で長命寺を食することになった。
小狐丸は普段よりも甘さが控えめである桜餅を味わう。
これもまた、三日月が辿ってきた味だ。
繋ぐ一葉
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