だってのあとに続く言の葉

 如月が「ちよこ」の月となって、三年目になる。
 もとから如月十四日には、料理上手な刀剣男士は手作りを、そうでもない刀剣男士は各々の感性と細やかさを基準にして想う相手にちよこを与える習慣が「ちよこ大作戦」以前から、まことしやかにあった。だけれども、全振りが意識をするようになったきっかけとして大きいのは「ちよこ大作戦」だろう。
 青い桜が一年中、静かに咲き綻ぶ本丸こと青桜の本丸では、山姥切国広が堂々と山姥切長義にちよこをもらいに行って撃沈することもあった。水心子正秀と源清麿は穏やかに互いにちよこを交換していたが、二年目からは大慶直胤も加わり、ささやかな遊びのようになっているという。渡すものがちよこでなくともよいそうだ。
 刀剣男士が様々な関係を結んでいる青桜の本丸であるのだが、一際、仲睦まじさが際立つ刀が二振りある。
 小狐丸と三日月宗近だ。
 多分に洩れず、小狐丸も三日月も互いに対してちよこを用意する関係だった。
 ただし、昨年までという一文が末尾に付く。
 小狐丸はそのことが不思議で仕方ない。年の明ける前、連隊戦に明け暮れている時期から小狐丸は三日月が好むちよこを吟味し、調査し、忖度していたのだが、当の三日月から「来年は俺に向けてのちよこはいらない」と言われてしまった。
 小狐丸はもう一度、三日月に発言の意を聞き返した。その際の返答は「小狐丸は誰にもちよこを贈ってはならぬ」になってしまった。三日月に贈らないならば、義理であっても他の刀剣男士にちよこを配ってはならぬと念を押されて、小狐丸は「はあ」としか答えられなかった。
 だから、如月の十三日になっても小狐丸は悩んでいる。
 三日月はどうして「ちよこを渡さずともよい」と言いつけてきたのだろう。
 青桜の本丸の三日月は、滅多に我を通すことをしない三日月宗近だ。他の本丸よりも内気で控えがちであるが、小狐丸への恋慕の情はしとりと濡れて重みがある。偏愛しているといっても過言ではない。
 小狐丸も大概、三日月のことばかりを考えているのだから、両輪は上手く回っている。だからこそ、今回の三日月の命が不思議で仕方なかった。
 極の出陣衣装の小狐丸は本丸の道場にて、手合わせをする山姥切長義と後家兼光を眺めながら、三日月のことばかり考えていた。
 かん、かん、たんと、かん。
 竹刀のぶつかり合う乾いた音がする。
 山姥切長義と後家兼光は良好な関係を築けている。基本的に他者に対して上位の立場として接する長義だが、後家には柔和な態度を取ることが多い。本丸で初めて顔を合わせた二振りだが、刀派が近いためか上手くやっていた。
 だからこそ、小狐丸の隣には山姥切国広が同じく極の出陣衣装で正座しながら、口から魂を飛ばし続けている。
 長らく山姥切をそっとしておいた小狐丸だが、かん、と高い音を立てて長義と後家が鍔迫り合いをしている頃にはあまりにもかはゆくなってしまい、つい山姥切の背中を叩いた。
 山姥切は無言で長義を指さしている。小狐丸は頷いた。
「私の三日月は、手合わせの時ですら刀を合わせることを拒むので助かりましたが。貴方はさぞ刀心地がしないことでしょう」
「また三日月の話か。いや、いまはそれはいい。問題なのは、長義が俺にだけちよこを渡すことはしないと宣言したことだ。長船の、ちよこを作る会には参加したというのに」
 言い切り、山姥切は拳を作る右手に力を込める。口から魂を飛ばし続けていた理由は些細と流すにはあまりにも重要なことのようだ。
 小狐丸は慰め方がわからない。
 なにせ、自身は遅れて鍛刀された三日月と顔を合わせて一分も立たない間に番となったのだから。
 小狐丸は視線をちらりと長義に向けた。意図に気付いたのか、頷かれる。
 後家は長義から竹刀を受け取り、見送りの手を振った。そういった配慮のできる点が長義に好かれているのだと傍から見ていたらすぐに理解できる。
 長義は山姥切の前に立ち、頭に手刀を軽く当てた。
 頭から伝わった感触に反応してか、山姥切は顔を上げる。まるで異教の神に縋るように長義を見上げていた。
「馬鹿だね、国広。他の刀には渡すというのに、お前にだけは絶対に渡さないというのは、何よりもの特別の証だと考えないのか?」
「俺だけが、もらえない?」
「そう。俺はお前にだけは、絶対にちよこを渡さない。燭台切さんや猫殺し君、後家くんには」
「ボクのことはごっちんでいいよと言っているのに、長義君はいつも真面目だなあ」
 妙な相の手が入った。
 長義は咳払いをして、言い直す。
「渡すことができる。だけれども、お前は、持てるものである俺が与うべき相手ではない。その意味をよく考えるんだ」
 言い切った長義は「汗を流してくる」と言い切り、道場から出て行く。その背中を視線で追う山姥切の困惑に対して、小狐丸は一種の羨望すら覚えた。決して表には出さないが、矜持の高い長義にそこまで意識をさせているという自覚を与える、山姥切国広という刀の存在はすさまじい。
 ただ、当の刀がその事実に鈍感なのはいただけなかったが。
「いやあ、愛だねえ」
「そうですね。形は違えども、山姥切長義が山姥切国広に抱く感情も十二分に愛ですよ」
 竹刀を壁に戻し終えて、にこにこと笑う後家に小狐丸も頷く。山姥切には「とりあえず、後を追ったらいかがでは?」と助言をすると、瞬時に姿を消した。
 後家は元から笑顔を絶やさないが、如月に入ってからはなおさら笑っている事が多い。「愛の戦士」を自称するからには、本丸における様々な愛の形を楽しんでいるのだろう。
「で、小狐丸さんはどうなんだい? 三日月さんと仲良くやっている?」
「普段と変わりないのですが、明日のちよこは誰にも渡すなと釘を刺されまして。それだけならいいのですが、三日月にも渡すなと」
 いまの自身の心情を情けなく伝えると、後家は笑みを消して、きょとんとした。顎に手を当てながら、あらぬ方向を見上げる。
「小狐丸さんはあらゆる機微に対してとても敏感だけれども、三日月さんにだけは発揮されないのかな?」
「あの、どういうことでしょうか」
「万事において気が利く刀だろう、あなたは。なのに今回の三日月さんの意図には気付いていない。先ほどの国広君もだけれど、当の刀はそういうものなのかもね」
 後家の言いたいことがさっぱりわからず、小狐丸は途方に暮れる。
 三日月が「ちよこを贈るな」と言ったのも、愛想を尽かされたのではなくて、何かしらの考えがあるのはすでに察している。だが、それ以上の推察を求められたら手を上げてしまう。三日月は穏やかだが頑固で、自身の意見を表に出すことはしないというのに貫き通す。大変扱いがたい、いとしい刀だった。
 後家もまた「ボクもお風呂に入ってくるよ」と道場から出て行ってしまう。残された小狐丸は自室に向かいながら、長義や後家が口にしたことを考えてみた。
 他のどの相手にもしないことを、特別だと長義は言った。
 三日月に対しては鈍感でいると、小狐丸に後家は言った。
 つまり。
「さっぱりわかりません」
 早々に白旗を揚げたくなる。答えは三日月が持っているのだから、素直に聞いてしまえばよい、と考えた。
 そこで、ふと、気付く。
 普段の自分は相手が己に求めているものを、見下ろして、察している。下から媚びへつらうのではなくて、慈しみとして与えているのだ。
 その気質はどうしても、かつての自身の主であった一条天皇と通じているところがある。小狐丸は誇りと厄の両方の感情と共に解釈していた。
 幼き頃から帝の座に押し込められ、賢君でありながらも、才を生かすより周囲との和を優先させてしまった、二度と会うことの叶わない、奉愛尽くした主上。
 いまの主を「ぬしさま」と慕いながらも、小狐丸の心の奥底には沈黙しきれぬ、一条天皇への慕情がある。
 自身を打てと命じてくれた御方だ。その方への忠誠を、どうして裏切ることができる。
 感傷を抱えながら、小狐丸はもう一度、自身の気付きについて考え直した。そうして、ひとつの結論に辿り着く。
 小狐丸は自室まで戻る足を速めた。
「三日月」
 戸を滑らせて、室内に視線を散らす。三日月は初の出陣衣装のまま、文机に座りながら小狐丸を見上げていた。
「どうしたのだ?」
 三日月は普段と変わらない。だからこそ、小狐丸はいつも、三日月が自身に望むものは変わらない情けなのかと読んでいた。慈しみ、抱きしめ、愛を囁いて甘やかな乳白色の檻に閉ざされることだけを望んでいるのだと考えていた。
 それが、もし、違うというのならば。
「三日月」
「だから、どうした」
 小狐丸は三日月の横に正しく座る。そうして、いつものように全身を繭でくるむようにして抱きしめた。三日月は触れられる直前に一瞬だけ身をこわばらせたが、すぐに力を抜いて小狐丸に身を預ける。
「三日月」
「ん」
「私も今年のちよこはいりません」
 断言すると、三日月の瞼の重い瞳が見開かれた。「何を言っている」と目が言っている。傷つけたことに多少の痛みを覚えながらも、小狐丸も告げた。
「だって私は、貴方が欲しい」
 溢れるほどの想いをとろかして、改めて形にしてから届けるなんてことはしなくていい。ずっとずっと、貴方の欲しい私でいたけれども。私だって貴方が、三日月が欲しいのですから。
 そして貴方はその言葉を欲しがっていたのですから。
 ようやく気付いた小狐丸の言葉への返しは、潤んだ月と綻んだ唇の温もりだった。


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