秋が過ぎても金木犀が咲き誇る本丸であるために金木犀の本丸と呼ばれるようになって、十年は経つ。
三日月宗近と小狐丸が本丸で出会ったのも、遠い過去の出来事に思えるほどの時間が経った。だが、二振りが再会するまでに横たわった千年の大河を思うと、十年などまだまだ浅い水辺でしかない。
だけれども、十年。重ねてきた時間は嘘偽りなどでは全くなく、三日月は小狐丸との間に確かな絆を育んできた。恋情を通じ合わせ、指を重ね唇を重ねる関係へと変化していった。
そうして、今日も穏やかに一日が終わる。
「おやすみなさい、三日月殿」
「ああ。お主もよく休め」
小狐丸の手によって、部屋の明かりが消されて真暗になる。三日月は自身の布団に横たわりながら、隣に並べられた小狐丸の布団に背を向けた。
目を閉じている間に眠気が訪れてくれるだろうと思っていたのだが、甘い誘眠は中々やってこない。それどころか、背中越しに感じられる小狐丸の気配や身をよじる音などにまで反応してしまう始末だ。
三日月は自身を恥ずかしく思う。いつからか、これほどまでに小狐丸を意識するようになったのだろう。想い想われての恋仲であるのは確かだが、最初は小狐丸が自分を乞うてくることばかりだったのに、いまは三日月が小狐丸に触れたいと思ってしまう。
だけれど、素直になれない己は何も言えないのだ。布団の中で悶々とした思いを抱えて溜息を吐くことしかできない。
小狐丸に背を向けたまま、瞼を強く下ろして眠りの世界へ旅立とうとするが、それも中々叶わない。羊でも数えればよいのかと、一匹、二匹と白い綿を連想する。しかし、数えるごとに頭が冴えてくる。
一体どうしたらよいのだろう、とうっすらと目を開けた時だ。がさり、と大きな衣擦れの音が聞こえた。三日月が振りむこうとしたときには、すでに三日月は小狐丸の腕の中にいた。驚きのあまり、声を上げてしまいそうになるが、大きな手で塞がれる。その手の熱さに三日月の心臓が跳ねた。視線だけ上に向けると、慈愛の笑みで三日月を見下ろす小狐丸がいる。
三日月が叫び出さないことがわかると、手は離れた。代わりに強い力で抱きしめられた。
捕食されてしまう。三日月は、そう思った。
これから、自身の皮膚に牙を突き立てられて、肉を食み、骨を砕かれて、小狐丸に丸ごといただかれてしまうのかと考えると、ぞくぞくしてしまう。けれども、自身の興奮を悟られたくないので小狐丸とは目を合わせない。
「三日月殿」
常の柔らかな響きとは違う、艶のある声で呼ばれた。三日月は小さな声で「なんだ」と応える。
「貴方と共寝ができるのは、私にとって、とても幸せなことです。深い夜の只中にあってさえ、こうして貴方を抱きしめられる。さらに、明日になっても貴方は消えることなく、この腕の中にいるのです。なんて贅沢なことでしょう」
うとりとした響きで語られる言葉に頬が赤くなる。けれども、自分も同じだとは、決して言えない。想いは同じだが、言えない。
だって、恥ずかしいから。
小狐丸は三日月が黙っているのを良いことに、頭に頬をこすりつけ、手を襟に差し入れて、三日月の夜着を乱していく。先ほど触れた手の熱が、今度は胸板や腿から感じられることに、三日月は悲鳴を上げそうになった。動悸が止まらない。ばくばくと、激しく脈を打つ。それでも、決して嫌ではないから、三日月は小狐丸のしたいようにさせた。
首の裏に淡い熱が触れる。小狐丸の唇だ。
「私に明日をくれるのは、いつも貴方です」
そこまで囁かれて、駄目だった。何が駄目なのかは不明だが、三日月の心臓はすでに爆破されてしまった。精一杯の力を込めて、身をよじり、小狐丸へ振り向く。
小狐丸はただ微笑んでいた。愛しさを隠し切れず、する気も無い笑顔で三日月を愛おしんでいた。三日月もぶつけるはずだった言葉を呑み込む。黙って、小狐丸の首に腕を回した。
「言わなくとも」
「はい」
「お主が、俺を愛おしんでくれていることなど、十二分にわかっている」
「貴方はそうでしょうね。でも、私には三日月殿の考えていることがさっぱりわからないから。伝えて、伝えて、私の愛で埋めてしまいたくなるのです」
そんなことをされたら呼吸ができなくなる、と三日月は訴えたかった。だけれど、そうして小狐丸が伝えてくれなくなるのはもったいないので、黙っていた。
小狐丸の指が三日月の唇に触れる。
「言ってはくれませんか? 貴方の口で、私をどう想っているか」
紅い瞳で真正面から見つめられて、三日月はつい口を開いた。
「……あ……」
「あ?」
「あ、あい……無理だ」
言い慣れない言葉だ。いくら、唯一、言える相手が前にいるとはいえ、そう簡単に口にできるものではない。
小狐丸はくすりと笑って、三日月を抱きしめる。ぎゅうぎゅうと窒息しそうなほどの強さだ。
「あと少しでしたのに。残念です」
「仕方がなかろう。向き不向きがあるんだ」
「そうですね。だから、また明日」
三日月は小狐丸を見上げる。
「また、明日。挑戦しましょう」
「いや。もうしない」
三日月がきっぱりと答えると、小狐丸は苦笑した。変わらず、小狐丸の腕に抱きしめられながら、三日月は考える。
いつかは。もし、この戦乱が終わって、それでも小狐丸の傍にいられるのだと確信を持てたならば、伝えたい。
あいしてる、と。
100.また明日
-
URLをコピーしました!
-
URLをコピーしました!
