夏は出かけることができない。湿気や陽光で機体が痛むから。いくら人のように動けるといえども、その体は人よりも脆くて儚い。
だから、夏の間はリクがガンダムベースに行かないとサラに会うことはできない。その夏も、リクは学校と塾による夏期講習で忙しく、以前ほどガンダムネクサスオンラインに時間を割くことが難しくなってしまった。
しばらく会えない時間が続いても辛くなったりはしない。二度と会えなくなる恐怖を一度経験したためだ。サラもリクの事情を承知しているため、無理に「会いたい」と言うこともなかった。
だから、単純に会えない日々が続いた。
そうして、秋も深まった頃だ。リクも模擬試験で目標とする大学が安全圏だと太鼓判を押され、少しだけ気を緩めることができた。
だから、久しぶりにリクはサラと外で会う約束をした。
モモカからサラを託されて、リュックに入れてから、カフェに向かう。
煉瓦壁と赤い屋根が目立つレトロなカフェ。その硝子扉をくぐると、店員に声をかけられた。
「二名です」
その答えに首を傾げられたので、リクは鞄からサラをそっと丁寧に取り出して、手の平に乗せた。店員はにこりと笑って、リクとサラを席に案内する。奥側の日差しが当たらない席に案内してもらったのは幸運だった。
リクはサラが座れるように、箱を取りだしてその上にハンカチーフを被せる。
そうして、笑いあった。
「サラ、久しぶり」
「うん。リクは元気だった?」
「勉強でへとへとだけど、今日、サラと会えると思って頑張った」
リクの言葉にサラも笑顔になる。その頬をリクは人差し指でそっと撫でた。その大きな指にサラは小さな手を添える。
「でも、リク」
サラが急に声を上げた。リクは首を傾げる。
「どうしたの?」
「お洋服、変わった?」
指摘されたリクは、ああ、と自分を見下ろした。いままでパーカーやシャツといったラフな格好でいたが、今日は青いジャケットを黒いシャツの上に羽織っている。下はオフホワイトのズボンで、そこまでガンダムネクサスオンラインの時の格好とは変わりないはずだが、サラには新鮮に映っているらしい。
「キョウヤみたいで、かっこいいね」
「はは、そう言われると恥ずかしいな」
憧れの相手に似ていると言われると、妙な照れを覚える。服を買うときも彼を意識したわけではなかった。ただ、そろそろフォーマルな格好もしてみるかと手を出しての格好だ。
今日の外出もあったからかもしれない。サラに、新しい服を見せたかった。
その後は会えない間に何があったのかを、リクとサラは話していた。ガンダムベースは夏休みの企画で盛り上がって、サラもマスコットとして忙しかったらしい。他にもヒロトとメイたちが遊びに来ることもあったようだ。
「いいなあ。俺も行けばよかった」
「リクは忙しかったんでしょう。ヒロトたちも、また来るって言ってた」
「そっか」
フォースの仲間以外にも、ガンダムネクサスオンラインによって結ばれた多くの絆がある。その中でも一際印象深いのが、ヒロトを初めとするもう一つの「ガンダムビルドダイバーズ」だ。様々な感情が入り交じったこともあったが、いまは良好な関係を築くことができている。
だけれど、一番特別な存在は、サラだ。
目の前に座っている少女を見つめてリクは微笑んだ。
「お待たせしました。ご注文は?」
店員に声をかけられる。リクはコーヒーを、サラはオレンジジュースを頼む。
「コーヒー、飲めるの?」
「うん。最近飲み始めたら癖になって」
「そう」
相槌を返しながらも、サラは笑顔を消して寂しい表情を浮かべる。滅多に見ることのない感情にリクは慌てた。
「どうしたの? 俺、何か変なこと言った?」
「ううん。なんでもないの。なんでもないけど……さみしくて」
「寂しい?」
「うん。少し会わなかっただけなのに。リクが変わったところがたくさんあって、さみしい」
不快な響きはなかった。ただ、サラは戸惑っている。
リクも考える。
初めて出会ってから、これほど会わなかったことはあっただろうか。なかったかもしれない。サラが現実にいられるようになってからは、オンラインでもリアルでも三日と欠かさず言葉を交わしていた。
だけれど、約一ヶ月の間も会わなかったのは、初めてだ。そうして、その間にリクも変化を受け容れざるを得なかった。一つひとつは些細であっても、まとめて目にすると、サラに少なくない衝撃を与えてしまったようだ。
「でもね、サラ」
ずっと、ずっと変わらないでいるものはある。
「俺が、サラのことを好きなのは。会っていても、会えていなくても変わらないよ。これからもっと会えない時間が続くかもしれない。だけど、その間も、ずっと俺はサラが一番好きだよ」
「……うん。私も、リクがすき」
サラは屈託なく笑う。そうして、サラの小さな唇がリクの指先に触れた。
とくん、心臓が跳ねる。
壊さないように、潰してしまわないように、いつだって気をつけてきた。それほどサラは繊細で儚い少女だから。
時計の針は確実に秒を刻む。
それを、これからも共に読んでいくことができたら、リクも嬉しい。
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