91.お邪魔虫

 夏が過ぎても未だ暑い。
 カルデア内で水着霊基を所持しているサーヴァントの大半は、姿を消しつつある夏の名残に追いすがっていた。徐福は「ぐっさまぐっさま-!」と虞美人を探し回り、ブリュンヒルデとシグルドは相変わらず血まみれになりながらも仲睦まじく寄り添い合う。ジークフリートはクリームヒルトの水着霊基が今年になって用意されたことをいつまで経っても噛みしめているようで、当のクリームヒルトからは「はしたない」と怒られていた。
 そうして、夏の魔王のカーマはというと。
 食堂の片隅でスペシャルトルネードサマーパフェを口に運んでいた。じっとりとした目で、前にいる千午村正とバーサーカーのアルトリア・キャスターに注ぎながら、黙々と匙を動かしている。
 バーサーカーのアルトリア・キャスターは普段よりも陽気だ。夏だということがさらに気分を開放的にさせるらしい。らしくのない様子で、村正に絡んでいる。村正はというと、呆れてはいても、律儀にアルトリア・キャスターの相手をしている。
 そのことがカーマには面白くない。自身が堕落させたいのはマスターである藤丸立香であって、村正というサーヴァントはどうしてか気になる存在という程度でしかない。だというのに、いまアルトリア・キャスターと仲良くかき氷を食べている姿など見てしまうと、胸の奥から苦くて暗い感情がわき上がってくる。パフェで覆い隠そうとしても消えてくれない。いま抱いている黒い炎が自身から生まれたものなのか、依代の少女によるものなのかも判別がつかなかった。
 はっきりわかっていることは一つだけだ。
「すごく、腹立ちますねえ……」
「なにが?」
 カーマはびくりと体を震わせる。振り向くと、隣に座ろうとする藤丸立香がいた。
「美味しそうだね」
「ええ。タマモキャットさんお手製のパフェはまさに堕落の味です。マスターも食べます?」
 蠱惑の笑みをカーマは浮かべて、立香にスプーンを差しだした。緩やかに黒い頭を横に振られる。
「食べないのですか?」
「だって、間接キスになっちゃうじゃない」
 立香に言われて、カーマは顔を赤くする。マスターと間接キス。それは、清姫や水着の頼光あたりに知られると真っ先に燃やされたり、雷に打たれてしまいそうだ。断られてよかった。
 カーマははくはくとパフェを食べ勧めていく。その間も視線はやっぱり前に向いてしまう。千午村正とアルトリア・キャスターが並ぶ光景は当然のように自然すぎて、自身が割り込む隙間などない。
 そもそも、いてはいけないのだ。
 どうしてか、カーマは思う。いくら自分が村正に優しくされようとも、彼の本来の居場所はアルトリア・キャスターの隣なのだから。
 そう考えると一気に食欲がなくなる。カーマはスプーンだけ持って、席を立った。
「ごちそうさまでした」
「まだ、残っているよ?」
「食べていいですよ。私はもう、十分です」
 そのまま立ち去っていく。立香はカーマに目を向けなかった。残されたパフェをどうしようか思案しているようだった。
 自分のことに関与しないマスターの優しさはいまのカーマに深く染み入った。
 カーマはかつん、かつんと大きな窓のある廊下を歩く。このままどこに行ってしまおうか。パールヴァティに会えさえしなければどうでもよかった。あの女神はお節介だから、村正に怒ってしまうだろう。村正はどうして怒られているのかを理解しないだろう。後者が一層辛い。
 カーマは仕方なく、ストーム・ボーダーを一周した。そうして、呼ばれていないけれどもマスターの部屋にでも引きこもろうかと考える。
 首根っこを掴まれた。
「な、なにするんですか!?」
 誰がこんなことを、と思って振り返ると、視線の先にはアルトリア・キャスターがいた。パールヴァティと同じくらい顔を合わせたくのない相手の登場に、カーマの顔が青くなる。
「何の用ですか」
「……用ってほどじゃないけど」
 そこまで言って、アルトリア・キャスターはカーマから手を放す。そのまま俯いてしまう。スニーカーで床を蹴りながら、それでもやっぱり何かを言いたげだ。
 カーマはせめてもの矜持で俯かないでいた。女神イシュタルほど何もかも手にしていないけれども、カーマから見ればアルトリア・キャスターも十分に幸福な存在だ。アルターエゴの方とはいえ、村正に助けてもらったのだから。
 自分が危地に陥っても、村正は助けなどしないだろう。
 だけど。きっと。
 叱ってくれる。
 そのことに思い至り、カーマは首を左右に振った。今更何を考えているのだろうか。
「あのさ、カーマ」
「だから、何ですか」
「村正のこと、好きなの?」
 直球を決められた。
 カーマは顔を赤くしながらも、必死になって上を向く。灰桜の色の髪をかき上げた。
「別に、彼のことが好きというわけではありません。ただ、一緒にいるとすごく恥ずかしくて、傍にいられなくなって、だから……」
「あははは」
「なんで笑うんですか!」
「だって、それって、好きって言っているようなものじゃない。それも、すごくね」
 アルトリア・キャスターに先ほどまでの憂いはない。憑き物の落ちたさっぱりとした様子で笑う。
「そっかあ、カーマも村正のこと」
「だから違います! 私は、あの人のことなんか、全く意識もしていません!」
「いいよ、無理に言わなくて。これからもよろしくね!」
 それだけを言うと、アルトリア・キャスターは弾む足取りで去っていった。
 全く何だというのだろう。こちらが困惑させられただけだ。
 カーマは溜息を吐く。
 だけれど、気分は悪くなかった。マスターを初めに、私のことを気にかけてくれる人たちが、サーヴァントがいる。
「案外、恵まれているのかもしれませんね」
 カーマはそっと微笑んだ。




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    こぎみかとリクサラを主に、世界を大切にしつつ愛し合うカップリングを推しています。

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