秋を迎えた後も遠慮がちに青い桜が咲いている。それだけのために、青桜の本丸と呼ばれるようになった、熟練の本丸がある。
夏に起きた連隊戦もその他の事変も収束を迎えて、いまは秘宝の里での玉集めや大阪城で小判を掘り尽くすといった馴染みの催事を控えている。
鶯丸が内番姿でいつも通りのんびりと縁側で茶を飲んでいる時だ。
「ねえねえ、うぐうぐー。ちょっと聞きたいことがあるんだけどさ」
「どうしたんだ。信房」
鶯丸の隣に、十年目の夏の連隊戦で新たに本丸へ加わった古備前信房が座った。信房も内番姿だった。
信房は顎に指を当てて言葉を探している。鶯丸が三口ほど湯呑みに口をつける時間を経て、ようやく納得いく答えを出せたのか、笑顔で尋ねてくる。
「かねかねって、三日月宗近に片思いしてるの?」
「はは、それを聞かれたら大変なことになるな」
一部の刀に、と鶯丸は内心で付け加えた。
「だってさ、かねかねは天下五剣に対してやたらと突っかかるけど。三日月宗近には特にじゃない?」
「三日月宗近は大包平の真剣をはぐらかすところがあるからな。それでだろう。それに、特に気にしているといったら童子切はどうなるんだ?」
同じく夏の襲撃の際に本丸へ迎えられることになった刀の名前を挙げる。とはいえど、本物の童子切安綱なのかは怪しい。
信房は頭の後ろに組んだ手を当てて、空を見上げる。今日は穏やかな晴天が広がっていた。秋らしい景趣を主は選んだのだろう。それでも、青い桜は散っていく。空に紛れて溶けていく。
「三日月宗近には、小狐丸っていう恋刀がいるんだろ?」
「そうだな」
「で、それなのにかねかねは三日月宗近に恋をしていると」
「しとらん!」
聞き慣れた大声が響き渡った。後ろを振り向かずとも、誰が、どう、立っているのかはすぐわかる。
「あ、かねかねー」
信房が呑気な声で大包平を愛称で呼ぶ。鶯丸も湯呑みを盆にのせて振り向くと、予想通り仁王立ちしている内番姿の大包平がいた。その顔は怒りを湛えているが、すぐ霧散するので恐ろしくはない。
いいか、と前置きをしてから大包平は話し始めた。
「俺は天下五剣を越えることに、確かにこだわっていた。だが、修行を終えたいまは違う。俺は俺だ。すでに、池田輝政に見出され、刀剣の横綱とすら称えられている事実をありのままに受け止めた。だから、もう、そこまでは天下五剣を目の敵にはしていない」
「手合わせの時はどうなのさ」
「それはそれだ」
堂々とした言い訳だった。
とはいえ、鶯丸は大包平の弁に頷ける。以前は同じ本丸の仲間である天下五剣、ただし数珠丸常次を除く、に対して大包平は敵対心で一杯だった。妬心というには清々しく、僻むというには純真さを滲ませて、相手に歯がみする姿は見ていて微笑ましい。その姿を、鶯丸はいまでも覚えている。だけれど、修行を終えてからは相応の落ち着きを見せるようになった。堂々と胸を張るいまの姿が、本来の大包平なのだろう。
胸に抱いた感想を、決して口には出さないまま、鶯丸は大切な古備前の弟分達を眺める。大包平は信房に「どうしてそんな思考にいきついた」と問い詰めていた。
信房は唇を尖らせて言う。
「だって、かねかねが三日月宗近につっかかるから」
「純粋に腹が立つんだ。あいつを見ていると」
「そうだろうな。三日月は、言葉を選ぶことが下手だから。小狐丸だって器用に立ち回るが腹の中は決して見せない。大包平とはさぞ相性が悪いだろう」
鶯丸が分析をして一人で納得する。大包平も特に言葉を重ねることはなかった。
ただ、言う。
「俺が叱ってやらねば、三条のあの二振りの太刀は止まらない気がするんだ」
信房は大包平の口にしたことがぴんとこないようだった。首を左右に揺らしている。反対に、鶯丸は微笑んだ。
青桜の本丸の三日月宗近と小狐丸が有事の際に危険だということは、大侵寇の際で身に染みている。三日月は始まりの一振りがいたからどうにかなったものの、刀身でしか姿を保てなるくらいの無茶を行った。小狐丸は一振りで行動した三日月に対して静かに怒りを抱いていた。現在の過保護具合には納得がいくほどに、当時の怒り様はすさまじかった。言葉にしない、態度に出さない、だからこそ恐ろしい。
大包平は大侵寇の際は三日月に対して正面から叱るだけで済ませたが、むしろ小狐丸に対して思うところがあったのだろう。
小狐丸と三日月宗近は複雑に絡み合っているから。
きっと、おそらく、次に三日月の身に何か起きたら、小狐丸は決して許さない。そして、その結果は三日月を大層悲しませるだろう。悲しむというのに、三日月は微笑んで終わらせるのだろう。
大包平はその未来を見たくないから、三日月に対して口酸っぱくなるのだ。
そうしたお節介を、本丸に訪れてから数ヶ月しか経たない信房はわからない。実際に目にしないと、小狐丸と三日月の互いに対する深く捻れた執愛。それなのに、簡単に諦め、手を放そうとする互いについて理解することができない。
「まあ、これからだな」
鶯丸は結局その一言でまとめてしまった。
92.理由
-
URLをコピーしました!
-
URLをコピーしました!