ストーム・ボーダーにある図書館の主な管理者は紫式部だ。カルデアの司書と呼ばれる紫式部が召喚される以前にも、電子機器を通じて莫大な情報を得ることはできた。だけれど、本というデッドメディアであったはずの物がカルデアでは大層重宝されている。
そもそも、サバフェスなどというサーヴァントの同人誌即売会が開かれるほど、紙というメディアにこだわりのある英霊が多い。新しい、もしくは好奇心旺盛なサーヴァントならば電子機器にもすぐに馴染めただろうが、生まれの古いサーヴァントは紙の本を好む。上記の理由によって、紫式部の図書課は静謐であると同時に、常に利用者が絶えない図書館になった。
いま、漫画本の一角であちらこちらとさまよっている小野小町も同様だ。紫式部は貸出のための図書の整備を続けつつ、小野小町へと意識を向けることを忘れずにいた。
しばらく右往左往としてた小野小町もようやく決心がついたらしい。三冊ほどの少女漫画を手に持ちながら、カウンターを訪ねてきた。紫式部は貸出手続きを取る。とはいっても、サーヴァントの所属の確認と本のスキャンで終わるので時間はさほどかからない。
「そういえば、紫さんは聞きました? 今年の夏の呼延灼さんのこと」
小野小町は朗らかな様子で話しかけてきた。いつだって、品が良くおしとやかな、世界三大美女に相応しい佇まいでいる。
「はい。見ることはできませんでしたが、お聞きしています」
紫式部は答えてから、くすりと微笑んだ。
地球大統領を名乗るU・オルガマリーが造り上げた島でのバカンス、その締めを飾るのはマスターが大好きでたまらない呼延灼による暴走だったという。
「好きな殿方を勢いのあまり攫うだなんて。まさに少女漫画の世界です」
「そうですね。ただ、あまりその話を呼延灼様の前でしますと、また、大変なことになりますので。こっそりと楽しんだ方が良いですよ」
すでにいくつものサーヴァントの暴走を眺めている紫式部はこっそりと忠告をする。小野小町も「わかっています」と頷いた。
貸出処理を終えた後も、紫式部と小野小町はいくつか話をする。その途中で、派手に扉が開き、一人の閲覧者がまた訪れた。
「しきぶんに先輩じゃん! やっほー!」
「清少納言様。どうかお静かに。こちらは図書館です」
紫式部の囁き声による叱責を受けて、清少納言はぱくりと口を閉ざした。小野小町もいるカウンターに近づいてくる。
「ねえねえ。何の話をしてたの?」
「今年の夏の話です。長いバカンスでしたね」
「なんか、すっごい遊んだ気がしたのに、カルデアに戻るとそんなに時間経っていないってすごかったよね! もっと遊べばよかったなあ」
清少納言の言葉に紫式部は苦笑する。
彼女はいつだってマイペースな先輩だ。
「ですが、水着……お二人はその霊基をお持ちなのですね。羨ましいです」
「先輩もそろそろ用意できるんじゃん? うちらがあるんだから」
紫式部も同意するように頷く。小野小町の水着姿はさぞ美しいだろう。渚のアイドルとなったとしてもおかしくはない。
だが、小野小町は緩やかに首を横に振った。
「お父様が、許しません」
絶大な説得力を持った言葉だった。紫式部と清少納言の頭に「いけません」と頑なに主張する小野篁の姿が浮かぶ。幸いにも、小野小町は父親からの束縛にも似た愛情に苦しみを覚えていない。納得している。
そうして、小野小町は「呼延灼様の新作も楽しみにしています」と、また呼延灼の魂が抜け出しそうなことを言いながら帰っていく。清少納言は手を振って見送った。
しん、とカウンターが静まりかえる。清少納言が口を開いた。
「それにしても、うちらってサーヴァントとしてのあり方を満喫してるねー」
「仰るとおりです」
本来ならば呼び出した主と共に戦う、もしくは可能な限り願いに沿うことが存在理由であるというのに、随分と好き勝手をさせてもらっているものだ。
自由に動けるのも、カルデアというバックアップがあり、またマスターが藤丸立香という人間だからだろう。マスターは行動や考え方は柔軟だが、要のところでは芯のある頼れる存在だ。
だから、サーヴァントは藤丸立香に協力する。藤丸立香もまた、サーヴァントの願望を叶えることに対して協力してくれる。
召喚する者、される者だというのに、その後の関係は不思議なほど対等だ。
紫式部がそうしたことを考えていると、清少納言が声を上げる。
「だからさ、やっぱり。ちゃんマスを帰してあげないといけないよね。ちゃんマスの帰るべきところがどこなのか、詳しいことはあたしちゃんにはわかんないだけどさ」
「ええ」
自分たちは偶然、バレンタインデーをきっかけに召喚されたサーヴァントだ。藤丸立香の旅において不可欠な存在であったわけではない。だけれど、いつからか藤丸立香と共に歩く、もしくは後ろから支えるようになった。
いつか置いていかれることは分かっている。おそらく、座に帰る時ももうすぐだ。最後の戦いは目前に迫っている。
だけれども、退去する最後の瞬間には藤丸立香が笑っていられるように、紫式部は願わずにはいられなかった。
97.図書館
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