本丸は景趣を変えることによって四季の移り変わりを感じることができる。だが、ある本丸はどれだけ景趣を変えようとも、必ず金木犀の花が咲き綻ぶようになっていた。
そのために、そのある本丸には金木犀の本丸という呼び名がつけられることになった。
金木犀の本丸の三日月宗近はいま青野原に出陣していた。今回はいつも隣に並ぶ同じ刀派の太刀である小狐丸はいない。彼の刀は昨日出陣し、中傷を負ったために手入れの最中だ。対して、三日月はいまのところ軽傷で済んでいる。
遠くからの攻撃によって降り注ぐ石や弓の雨をしのぎながら、じりじりと道を拓いていく。あと三戦、といったところで戦端は開かれた。敵の群れが襲いかかる。並々ならぬ戦場をくぐり抜けてきた刀剣男士でさえ、この戦場では無傷で凱旋とはいかない。
まずは薬研藤四郎が素早い動きで敵を左右に翻弄し、次に太刀の獅子王と大太刀の太郎太刀が攻撃を防ぎながら、敵である大太刀の鎧を砕いていく。一体、また一体と塵に返していく途中のことだ。
三日月の肩に敵の短刀による鋭い一撃が突き刺さった。
傷の深度は軽傷から中傷に変わる。三日月は優雅な極の出陣衣装を破り捨て、真剣必殺による上段からの一撃で敵を屠る。
戦場の最奥にはたどりつけた。しかし、特にめぼしい収穫はないままに帰還することになった。各自、時空転移装置を操作しながら、薬研が三日月をちらりと見た。
「どうした」
「いや。結構、見えてるぜ」
三日月は首をかしげる。薬研は自身の右手で首の左側に噛みつく仕草をしてみせた。それだけで何を言いたかったのか、三日月は分かってしまう。
時空の奔流に巻き込まれることによって、顔が赤くなっていることに誰にも気付かれないのは幸いだった。
そして、本丸へ帰還する。三日月ほどとはいかなくとも、戦場に出陣した仲間たちは大なり小なり傷を負っていた。手入れ部屋に入る順番を近侍である堀川国広が決めていく。いまは政府の意向により、手入れの時間がかからない時期ということで、入っては出て、また入ると順繰りにしていった。三日月も手入れ部屋を出ると肌に創傷なく、破れた出陣衣装も綺麗に合わさっていた。相変わらずよくわからない仕組みで手入れ部屋は成り立っている。
小狐丸も手入れ部屋にはいなかったので、すでに怪我は完治しているだろうと、三日月は自身と小狐丸の相部屋に向かう。頭を占めるのは「まったくあれは」という怒りと羞恥が入り交じる感情だった。
わずかな嬉しさがないと言えば嘘になるのが、また悔しい。
三日月は部屋の前に立ち、障子を開けていく。
「おかえりなさい、三日月殿」
気配によって気付いていたのか、三日月の姿が見えたと同時に声をかけてくる初の出陣姿でいる小狐丸の表情は穏やかだ。
「無事に帰ってきてくださったようで、なによりです」
「無事ではない」
おや、と小狐丸が目を瞬かせる。その仕草も三日月にはわざとらしく見えて、また腹の底から怒りが湧いてきた。
「怪我自体はもう治ったが……薬研に、お主の噛み痕を見られたぞ。痕は残すなと普段から言っているだろう」
小狐丸と三日月が恋仲であるのは金木犀の本丸にとって周知のことではある。かといって、情交の名残を見られても平気でいられるほど三日月は恥を知らない刀ではなかった。そのため、普段から小狐丸に「痕を残すな」と言っているのだが、こればかりはあまり守られた試しがない。普段は三日月に従順な小狐丸だというのに。
三日月が全く、と怒りながら腰を下ろすと小狐丸は苦笑した。
「わかっています。でも、たまに残したくなるのです。しるし、ですから」
「しるし?」
「はい。貴方が私のものであるとは言いません。ただ、貴方の番は私であると示すくらいはいいでしょう」
かわいらしく首を傾げて言われてしまう。三日月は困った。小狐丸が可愛いことは変わらないので、その点を全面に出されると怒り続けることは難しい。
「へりくつを言う」
「ふふ。さらに言うのでしたら、三日月にも私に揃いのしるしを付けてもらいたいのですよ。合いの印、というものです」
言って、小狐丸は自身の着物の襟を開いて乞うてくる。三日月はこわばった。しばらく、小狐丸は襟を開けたまま、三日月は正座をして膝の上に手を置いたまま、時間だけが無情に過ぎ去っていく。
先に折れたのは三日月だ。ずりずりと小狐丸に近づいていき、小狐丸の胸板に顔を寄せる。そうして、乳頭のあるところよりも斜め上の箇所に吸い付いた。あまり強くはできない。三日月は普段から愛されるばかりで、自分から愛撫をすることは苦手だった。小狐丸の大きな手と厚い舌に、翻弄されるばかりだ。
薄い唇が離れるとうっすらとだが小狐丸の肌に痕が残る。その痕を撫ぜながら、三日月は自身の胸に温かな満足感といえるものが満ちていくのを感じていた。
この狐は俺のもの。
他の、誰のものにもならない。
小狐丸が襟を正すことに気付き、三日月は手を離す。そのまま赤い頬を見られないように反対側を向いた。
だけれど、小狐丸の腕が伸びて抱き寄せられる。顔を見られることはないが、頭の上に小狐丸の鼻先が当たっている気配がした。
「ありがとうございます」
小狐丸は弾んだ声を隠さずに嬉しさを伝えてくるものだから、三日月は思わずにはいられなかった。
もっと強く残せばよかった。
84.しるし
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