青い桜が冬でも舞い落ちる本丸であるため、青桜本丸と呼ばれるところでの話だ。
昼。三日月宗近は青い狩衣姿で緑の小さな水筒を手にしつつ口には細筒をくわえていた。ふんわりと石けん水が丸い姿を少しずつ描いては筒から離れ、まだ水色の空へと吸い込まれていった。
艶めく唇から筒を外すと三日月は空を見上げる。しゃぼん玉はゆるゆると持ち上げられていくが、ぱちんと弾けて割れていく。その光景を三日月の隣に座る山吹色の羽織を着ている小狐丸も見送った。
しゃぼん玉が割れるのは儚くてあらゆる暴力に耐えきれないからだ。
「なあ、小狐丸」
「はい」
「しゃぼん玉のしゃぼん、とはなんだろうなあ」
「ポルトガルの言葉で石鹸を意味していたと思います」
さらりと答えた小狐丸に三日月は微笑みかける。
「ぽるとがる、とは?」
小狐丸は答えない。
三日月宗近という刀は驚くほど日の本についての長い歴史を知っているというのに、驚くほど日の本以外の広い歴史についての知識を持てない。それは時の政府から制限をかけられているためだと知った時の小狐丸はひどい無力に苛まれた。
三日月宗近は、時の政府によって解釈されることにより利用され続けている道具だ。
小狐丸はその軛から三日月を解放したい。本丸という閉ざされた世界の内ですら生きられない業を持つ刀だとしても、いつか広い世界へ踏み出したい。
三日月に、本当の月を見せたい。
しゃぼん玉のように途中で割れることなく闇夜を照らす月まで届かせることができるのなら、青桜の本丸の小狐丸は主に背を向けるだろう。
「悪いことを考えているな」
また、しゃぼん玉を作りながら、割っていきながら三日月はくすくすと微笑んだ。
「貴方ほどの策謀ではありませんよ。ただ」
言葉を続けようとした小狐丸の口に押し込まれたのは三日月が口にしていた細筒だった。硬い。歯で挟んでしまう。
「ふふ、こういうのを間接的な接吻というのだったかな」
「確かにそうですが」
苦い液体が口の中に染み入る前に、細筒を乱暴に取り外して強く握った。
それ以上の考えを口にしてはならない、とたしなめられた。普段は三日月が内気な性質に合わず過激なことを言い出そうとして小狐丸が唇を封じなくてはならないことになるというのに。まったく、と肩をすくめる。世話を焼くこちらの苦労も考えてもらいたいが、そんなしおらしいことをする姿が見たいわけでもないから複雑だ。
三日月の手が、小狐丸の筒を握っている手に重ねられる。秋の風に包まれる寂しさが残る。額を肩に乗せられて寄り添われた。筒が、からんと落ちる。
小狐丸は三日月の肩を空になった手で包んだ。
しゃぼん玉はあらゆる暴力に耐えられないが、三日月宗近はどのような暴力にも微笑むのだろう。
そのことが小狐丸には哀しかった。
しゃぼん玉(とうらぶ/こぎみか/青桜本丸)
-
URLをコピーしました!
-
URLをコピーしました!