カーマは自分が悪い子だという自覚でできている。
結構似ているBBとやらとは同属ではないが嫌悪しあっているし、光のパールヴァティからは顔を合わせるたびにお上品な小言を言われている。
それなのに。
ビーストにもなったというのに。
「私の扱いがちょっとした悪戯っ子程度なのが本当にムカつくんですけど」
「それで儂のところにやってきたってわけか」
「はい。部屋の前を通ったのは偶然ですが、村正さんになら私が悪い子だってことをよく教えてあげられると思ったので」
はっきりとした理由はないが確信はあった。
カーマは第二再臨形態でベッドに横になっていた村正の上にのしりと両脚を広げてのしかかる。だというのに村正は面倒くさそうなだけで慌てる様子などかけらも見せはしない。仰向けのままだ。
むっとしたまま、すり、と上体を寝かしてふくよかでありながら露出の多い胸をたくましい村正の胸板に押しつける。これにはさすがに動揺するだろう。
動揺した。
カーマが。
村正の態度は相変わらずだ。だというのに、ぐっと腕が背中に回される。そのまま引き寄せられた。睫の長さが分かるほど顔が近い。
どうしてこんなに見つめられなくてはならないのかわからないままカーマは村正の頭の後ろに、まるで恋人にするみたいに自然と腕を回してしまう。互いの距離が卵の殻ひとつまみくらいしか入らないくらいに狭まって、呼吸の必要もないのに吐息が混じり合う。かさついた唇と真っ直ぐな瞳に視線が上下してしまう。
かつて。
もしくはこれから。
私は彼に抱かれたのではないか。
私は彼に抱かれるのではないか。
そんな考えが一瞬でも浮かぶとどうにもできなかった。どろどろに煮られた欲情の宙色のペンキが勢いよくカーマの頭を塗りつぶしていく。
愛してあげたい。目の前のおとこをどこまでも甘やかして自分なしではいられないようにしてやりたい。快楽の虜にして四六時中カーマがいないと駄目にさせてしまいたい。
それは野望ではなく、カーマの希望だ。もしくは依り代となってしまった少女から離れえぬ切なる願望だ。
たとえどれだけすれ違っても少女は少年に憧憬する。
村正の腕の力が強くなって、姿勢が変わる。カーマが横になって村正が腕枕をするような形になる。
「お前さん、悪い子なのか」
どぎまぎしながら、それでも強がりたくてカーマはふんと目をそらす。
「え、ええ。私はとても悪い子なんですよ。一回はマスターを取り込もうとしたくらいですから」
「なら、どうしていまカルデアにいるんだ」
「喚ばれてしまいましたからね」
どうしてあんな目に遭わされたというのに、マスターが必死になって自分を呼んだのか理解に苦しむ。挙げ句の果てには絆まで強められたが、そんな簡単に絆されてやらないのがカーマだ。ちまちまと繰り返す嫌がらせにいやな顔の一つでもしてくれたらいいのに、マスターは「はははまたカーマか」と笑って流す。
思い出すと腹が立った。
そして、向かい合った村正の眉間に皺ができているのに気付く。
「どうしました」
「儂の質問に全部答えられる前に違う男のことを考えられたら、流石にこっちの立場ってもんがなくなるからな。カーマ」
「は、はい」
情けない声を出した自分に苛立ってしまう。
それは、村正に名前を呼ばれたのが嬉しいからではない。決してない。いま自分の背中に触れた手にびっくりしただけだ。
「お前さんはマスターが好きなんじゃないのか?」
「はあ? ふざけたこと言わないでください」
マスターは自分の蜜で堕落させてしまいたいが、好きか嫌いかで言われたらわりとどうでもいい範疇に入る。マスターだから、契約が結ばれたから、いま自分はここにいるに過ぎない。
険を増したカーマの表情とは反対に村正の眉間の皺が緩む。唇が吊り上がると随分男前な表情になった。艶はないが強い色気が感じられる。それにまたカーマは動揺させられた。
「カーマがマスターに操を立てているわけでもないなら、儂がいただいちまってもかまわないってことだな?」
「あ、あなた随分と」
続く言葉は知らない。
カーマの唇は押し倒してきた村正に塞がれて、言葉をごくんと飲み込まれてしまった。目を見開き、抵抗しようとすると、唇が離れる。
「なんだ? そっちが誘ってきたんじゃないか」
「私からはいいんです! あなたからじゃ、きっと、だめで。いけないことなんです!」
情欲に苛まれる人間を眺めるのも、情欲を持て余す自分にも慣れきっている。それなのに、改めて村正の色を突きつけられると本当は彼だけは選んではいけなかったのでは、という思いに縛りつけられた。
だから誰かに奪われる前に、自分から村正を誘惑するなんて悪いことを、ずっとしたかった。
村正はまた口付けてくる。カーマを優しく撫でて、力を抜かさせながら耳元でささやきかけた。
「初めて見たときから。ずっと、今度は儂からカーマを抱きたくてな」
また、カーマの目が見開かれる。嘘が聞こえた。だけど、村正が決して嘘を吐かないことも知っている。
だったら本当だ。
村正がカーマを抱きたいと言ってくれた。
「わた、しを……? イシュタルさんでも、アルトリアさんでもなく、パールヴァティでもなく……?」
「そいつらも懐かしい気持ちにはなりはするが。どうしても抱きてえ、と思ったのはカーマだけだ」
ぶわりと蓮の花が色濃く薫る。霊基が変化してカーマの布に包まれた部分はとろけてはだけていき、蒼い炎が燃えさかる。髪も伸びて中には満天の星が広がっていく。
カーマ自身も忌み嫌うカーマの身体へ村正は愛おしさを隠せない乱暴さで触れた。
「綺麗だよ」
「あなたほどじゃないのに」
「綺麗だ」
「ひどい人」
笑ってしまう。
これほど大切に触れてしまうからこそ傷つけてしまうというのに。村正は宇宙を焼く炎程度でためらってくれないのだ。
手を伸ばして抱きしめてくれるのだ。
堕落の炎に焼かれても
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