65.祈り

 春を迎える頃になったがために、赤い葡萄は降りてくる鳥についばまれることが増えた。
 近侍が対策を取るべきではないかと進言しても、赤葡萄の本丸の審神者は陽気に言う。
「恵みだよ、恵み。許してやんな」
 だから、今日も赤葡萄の本丸は鳥から大の人気を集めている。
 そのために、庭から聞こえてくるぴちゅぴよという鳥の鳴き声を耳にしながら、極の出陣衣装に身を包んだ小狐丸は足音を潜ませて歩いている。自室までたどり着くと、ゆっくりと戸を横に流して、部屋には誰もいないことを確認した。
 そっと、藍色の行李の前にかがむと蓋をずらす。小さな千代紙の箱が見えると、膝の上に取り出して中身をのぞき見た。小さく畳まれた紙片がつまっている。小狐丸は一つを手に取ると、中を見た。
『小狐丸から求婚されますように』
 もう一つを見た。
『小狐丸から求婚されますように』
 全く同じ文面だった。
 もう一つを見る。
『小狐丸から求婚されますように』
 この祈りが、箱一杯に詰まっているのかと思うと恐ろしくなる。
 小狐丸は息を吐き、全てを丁寧かつ迅速にしまっていくと、行李の蓋を閉じた。かたんと音がする。
 すっと、聞き慣れた足音も聞こえた。
 小狐丸が恐る恐る振り向くと、そこには逆光に頬の産毛を照らされながら美しく笑う、三日月宗近がいた。
「あにさま?」
 一言の誰何が恐ろしい。表面上は明るいが、中身はどろどろと煮えたぎる溶岩の怒りが込められている。
 小狐丸は黙って、降参だと頭を下げた。
「人のものを勝手に漁るとは、あにさまらしくないな」
 三日月は初の出陣衣装の裾をさばきながら、小狐丸と目線を合わせるために正座した。普段ならばあぐらをかく小狐丸も、今は正座だ。
「お主がこそこそ行李を何度も開け閉めしているからの。その」
「春本でも集めていると思ったのか?」
「いや、また菓子を腐らせていないかと」
 三日月にじろりと睨まれる。小狐丸はまた身をすくめた。
 正直なところ、隠し事は二振りとも星の数ほどあるのだが、あまり見せないようにしている。そのため、最近の三日月の明らかな隠し事は小狐丸は気になって仕方がなかった。
 その結果が呪いじみた祈りの言葉だったのだから、それも小狐丸がらみだったのだから、なんとも気まずい。
 赤葡萄の小狐丸と三日月は互いに恋刀だが、まだ番ではない。することはしてしまっているのだが、正式に婚姻を結んでいるわけではなかった。
 小狐丸はこの戦が終わったならば、三日月を自身の属する狐神の領域に連れ帰ってしまいたい。三日月もそれを拒んでいない。ならば、障害はさほどないように見えるのだが、一番大きな壁があった。
 小狐丸は狐の領域にいる稲荷の神の妻、つまりは小狐丸の母にあたる狐に己の財産を使うことを禁じられている。それも、狐神の領域に戻るまで。
 だから、まだ祝言を挙げられるほどの財力が小狐丸にはなかった。三日月が「俺が払うぞ」と言ってくれたのだが、小狐丸は夫の意地として辞退した。
 そのため、小狐丸は主からの給金を貯金に加え、博多藤四郎による手ほどきの下で資産運用をするなど、涙ぐましい努力を重ねていた。
 これも、いずれは華々しい祝言を挙げて三日月を堂々と狐神の領域に連れ帰るためだ。
 三日月には何度も説明しているのだが、それでもたまに焦るのか、先ほどのような行動に出られてしまう。将来の夫としては大変情けない。
「まったく。あにさまはいつも、形式にこだわるのだから」
「仕方なかろうよ。きちんと礼式に則らねば、舐められて辛い思いをするのは三日月じゃぞ」
「俺だって天下五剣の一振りだと、言い切ってしまえばよいではないか」
 自身の威光を欠片も惜しまずに照らし出す三日月に、小狐丸は「うん、まあ……そうじゃな」としか言えなかった。
 小狐丸は髪をかき上げる。
「すまんな。私の意地じゃ。三日月に、少しでも良いところを見せたいという」
「普段からあんな姿や、こんな姿を見せているというのに、今更ではないか?」
「………」
 三日月が言う姿とは、どういった姿なのだろうか。
 小狐丸が押し黙るのに対して、三日月はくすくすと笑う。
 それから、三日月は小狐丸に寄り添ってきた。肩に頭を預けて目を閉じる。
「あにさまが良き刀だということは、俺が何よりも知っている。それではだめか?」
「……いいんじゃが。同時にいやじゃ」
 小狐丸は三日月の頬に手を添えて、持ち上げてから、言う。
「稲荷の加護によって打たれた、失われし名刀小狐丸。天下五剣ほどの名も、威厳もないのだが。それでも、お主を導き守護する刀でありたい」
 月が宿る宵の瞳に映る自身の頬は赤くはなく、口元は真剣に引き結ばれている。
 真っ直ぐに自分の思いの丈をぶつけると、三日月は頬を緩ませた。
「では、早く求婚しておくれ」
「叶うものなら、いますぐにでもしたいわ! 三日月は何にも譲らぬ、私の嫁じゃ!」
 自棄になって叫ぶ。自慢の毛並みも逆立ってしまった。
 言われた三日月は頬を染めながら、くすくすと笑い続けている。
 「俺も、お慕いしております。あにさま」と言うその顔が愛らしくとろけているものだから、結局、小狐丸も三日月を許すのだろう。




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