許しはまだ保留

 新たに上がる幕に備えて、身を、引き締める。
 一年の始まりを迎えている最中であってさえ赤葡萄が実をつけているために、赤葡萄の本丸と呼ばれているこの本丸も、当然ながら厳粛と高揚の雰囲気に包まれていた。
 新たな一年を迎えるということは、同時に刀剣男士は主である審神者への挨拶を控えることになる。いま、今剣と岩融の二振りが住まいとする部屋に並ぶ三条派の面々も各々が極の出陣衣装に身を包み、正座をしながら時が過ぎるのを待っていた。
 始まりの一振りである歌仙兼定の属する兼定派がまず初めに審神者へ挨拶をすることは決まっており、以降は籤による結果で、今年は長船派、村正派、そして四番目に三条派という並びになった。
「さて、今年の挨拶の仕切りだが、おれは今剣に任せたいと思う」
 岩融に確かめられるように一振りずつ視線を合わせられ、石切丸、小狐丸、三日月は同意の頷きを返した。いまは短刀であるとはいえ、本来ならば三条の長兄であり、赤葡萄の本丸の三条派において最も鍛えられた刀であるために、今剣は挨拶を任せるに相応しい。
 全振り一致の賛同を受けた今剣はどんと胸を張る。
「まかせてください」
 岩融の喜色を隠しきれない笑顔を眺めていた石切丸だったが、小狐丸に顔を向ける。
「私たちは納得しているけれど、小狐丸さんはいいのかい?」
「なにゆえ私を名指ししているのかは気になるが、私も今剣の兄上がよいと思うぞ」
 おそらく、審神者である主に対して「ぬしさま」と大層懐いているために気遣われたのだろうが、何でもかんでもハレの場に出張るほど己は図々しくなどない。三条においては縁の下で支えている側だという自認すらしていたので、前に立たなくてよいのか、と尋ねられると反対にむっとしてしまう。
 石切丸にも些細な不機嫌が伝わったのか、苦笑されてしまった。
「あにさまの挨拶となると、毛並みのことばかりになってしまうからな。俺も、今剣の兄様が一番だと思うぞ」
「三日月」
 さらりと言われた内容に小狐丸の眉間の皺が深くなる。穏やかに微笑む三日月が口にした言葉を否定できないのが最も痛かった。
「しかし、もう、十一年とはな」
 岩融がしみじみと洩らす。
「ええ」
 今剣が嬉しさとも寂しさとも判断の付かないいらえを返した。
 小狐丸は二振りを見つめながら、決して共有できない哀惜について考えずにはいられなかった。
 今剣の兄上と、岩融は本丸の時が刻まれることに対し、特に思うことがあるのじゃろう。かつての主であった、義経と弁慶。彼らのもとにいたのではないと、修行によって証明されてしまった。だけれども、いまは赤葡萄の本丸の審神者を主と仰ぎながら、日々を過ごしている。一年の始まりはその積み重ねを、より一層知らしめるだろう。
 けれど、そのことを哀れむ立場に立つことはできぬ。修行の際に、主上の下へ立ち寄ることをせず、三条宗近という逃げ場に私は走ってしまった。
 真実を見つめた二振りに払うべきは、敬意じゃ。
 小狐丸が黙って思考の渦に入り込んでいると、そっと篭手に触れられる感触があった。
 三日月だ。
 視線を向けた先には、先ほどと変わらない微笑と共に小狐丸を見つめる三日月がいる。
 苦笑せずにはいられなかった。
 自らの来歴をあまり語ろうとはしない、だけれども千年、確かに在り続けた刀が三日月宗近だ。
 強いな、と思う。様々な主の手を渡り歩きながら、凄惨も喜悦も、残虐も平穏も見つめ続けてきた。時には目を逸らしたくなることもあっただろうが、歴史という大河は人の善行も愚行をも見せつけ続け、三日月に目を閉ざすという選択を許さなかった。
 三日月の強さに対して、自身にはない強さを私は見出している。だけれども、一つ我侭が叶うのならば。
 自身も共に歴史の流れにたゆたって、三日月を支えられていたらよかったというのに。
 その思いは口に出せぬまま、自身の篭手に重ねられた手を小狐丸はつかみ返した。
 ぱたぱた、と、ふと廊下から足音が聞こえてくる。
 意識を本丸に戻して、廊下を見ると、すでに内番に着替えている歌仙が慌ただしい早足だが、決して走ることなく歩いていた。
「おや、歌仙。もう着替えてしまったのか」
 足を止めた歌仙は、部屋をのぞき込みながら、うんと頷く。
「さすがに出陣衣装で炊事はできないからね。僕としては、もう少しくらい雅に落ち着いていたかったのだけれど」
「君は燭台切さんと並ぶ、厨の守護を担当している刀だからね。いつもありがとう」
 石切丸の言葉に歌仙は困ったように笑う。
「君たちは、まあ、生まれもあってか。こういうことに向いていないみたいだからね」
「あにさまが料理をするところは俺も見たいぞ」
「みかづきはするきがないのですね」
 今剣の冷静な指摘に対し、三日月は緩やかに微笑む。
「ああ」
 三日月以外の刀は全振り、呆れ、また安心もした。
 もしも三日月が「料理に挑戦してみたい」などと言ったら、まずは熱がないか疑う。そして、さらに手の込んだ料理を仕上げるという出来事が起きたら、天変地異の前触れになってしまう。
 などといったことを考えられているなどは、三日月の頭には浮かばないだろう。
「では、僕はもう行くよ」
「歌仙」
 背中を向けかけた歌仙に三日月は落ち着いた声をかけた。その後に、改まった姿勢で歌仙に向き直る。
「いつもこの本丸を、そして俺を支えてくれているな。感謝する」
「だったら、今年は面道事を起こさないでくれよ」
 歌仙は三日月の言葉を丁重に受け取りながら、冗談と真剣さが混じった口調で言い残し、去っていった。
 歌仙の言葉を聞いたならば、本丸にいる大半の刀が思い出さずにはいられないだろう。
 大侵寇という一つの嵐を。
「みかづき。ほんとうに、もうあんなことはしないでください」
 どれほど真剣に乞われたとしても、三日月の返事は決まっている。
「ああ」
「私がさせぬ」
 場が、しんと静まりかえった。
 三日月の返答は予想していても、次に自身が口を挟むとは予想されていなかったようだ。今剣は何度も表情を変えて、最後は大きく息を吐いた。
「だといいのですけど!」
 小狐丸は頷く。
 二度と、もう二度と。
 三日月の好きになど、自己満足になどつきあってたまるものか。
 ぐっと、拳を握り、覚悟を決めたところで蜻蛉切と千子村正が出陣衣装で姿を現した。
「三条派の皆様。村正派の挨拶は終わりました。主がお待ちです」
「ありがとう」
 石切丸の挨拶によって、三条派は立つように促される。
 蜻蛉切の脇を通り、今剣、岩融、石切丸、三日月、小狐丸と続いて、主の待つ部屋に向かっていく。その途中で小狐丸が三日月にそっと声をかけた。
「今年こそ、私はもうお主に好きにはさせぬからな」
「できるものならやってみてくれ」
 この時点で殊勝になることなど無く、鷹揚に挑戦するように笑いかけてくるのだから、小狐丸はいつも頭が痛くなる。
 三日月は先を行く石切丸の後を追う。小狐丸のことなど見ようともしない。
「本当は、もっとずっと、俺は止めてもらいたかったのだからな。他のどの刀でもない、あにさまに」
 その言葉は本心であり、同時に怒りの発露でもあったのだろう。
 小狐丸は自身の心臓に刺された、三日月の感情という刃をとっくりと見つめる。
 歴史の流れであり、また逃れられぬ定めであったとはいえ、私は現世から大人しく去るべきではなかったのだろう。私は、確かに三日月を孤独にした。互いに惹かれていたというのに、三日月だけを現世に置いていった。
 その結果が、現在だ。
 目をつむって開いた後に、小狐丸は歩き出す。三日月の隣に並んだ。
「今日から一年、また新しい年が始まる」
「そうだな」
「新しい一年をお主と刻む。来年も、再来年もその先も。それで、許してはもらえぬか?」
 三日月はきょとん、とした思いがけぬ言葉を聞かされた顔で、呆けてからいつもの笑みを浮かべた。
「考えておこう」
「即答はせぬか」
「ふふ」
「なにをしているんですか! いきますよ」
 今剣に発破をかけられて、小狐丸と三日月もまた前を進む兄たちの背に追いついていく。
 三条派の刀が揃って到着したのは、審神者の部屋の前だ。跪座をし、近侍である後家兼光が襖を開ける。
 本丸の一年が、また、幕を開ける。


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    こぎみかとリクサラを主に、世界を大切にしつつ愛し合うカップリングを推しています。

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