46.紅水晶

 水晶よりも血晶と例える方がしっくりとくる。
 小狐丸の紅い瞳は澄んでいながらも、奥底に一滴の暗がりを潜ませているようだ。
 青い桜が冬を迎える手前になっても咲いているために、青桜の本丸と呼ばれる住処に身を預けて、結構な年月が経つ。いま小狐丸の腕を枕にしている三日月宗近もすでに練度は七十を越えてしまった。随分とかつての切れ味を取り戻している。
 小狐丸はといえば、三日月から熱い視線を注がれているというのに目をつむったままだ。とはいえ、腰に回した腕は緩みもしないので完全に眠っているわけではないのだろう。
 広間でしていたのならば通りがかった他の刀剣男士に眉を潜められていただろうが、いまは小狐丸との私室でゆったりとした時の流れに身を任せている。本日任された任務は済ませていて、あとは小狐丸と甘い時間を過ごす以外にすることはない。
 小狐丸も三日月も初の出陣姿のまま、身を寄せ合っていた。どちらかともなく畳に身を預けて、小狐丸が自身の腕を枕に差し出したので三日月は躊躇なく自分の頭を預ける場所にした。
 そうして小狐丸は静かに呼吸を繰り返している。
 三日月はといえば、小狐丸の薄い瞼の下にある瞳について考えていた。
 優しい色を常に湛えているというのに紅い。宵を宿した紺青の色をしている自分とは正反対だ。だからこそ惹かれてしまうのか、それとも小狐丸の瞳だったならば、黄色でも黒でも愛しく思えたのだろうか。
 わからない。小狐丸の瞳は、紅、だからだ。
 ただ、三日月がその色を愛していることは事実だった。
 三日月は小狐丸の頬や首筋に手を這わせる。いまは出陣の際に必要な飾りなどは付けていない。それでも首元は黒い装備に覆われている。三日月も同様だ。他の刀に見られてはよろしくのない痕が刻まれている。
 頬全体を手の平で覆ったところで小狐丸が目を開けた。
「何をしていらっしゃる」
 声は優しく、低い。
 三日月はいらえを返さないままに小狐丸のたくましい胸板に身を寄せた。一分の隙もないほどに着物を擦り合わせる。
 小狐丸も何も言わずに三日月の髪をなぜていく。細い髪に骨張った指が通り抜ける感触はいつ味わっても心地が良い。
 あいしている、と実感した。
 このうつくしく気高い刀をあらゆる存在の全てを押しのけるほど、愛しているのは俺だ。
 そうして、この刀から寵愛を受けているのも、俺だけなのだ。
「三日月?」
 呼ばれて、顔を上げると視線が合う。
 口付ける前の沈黙が部屋を満たした。心地の良い静けさと、痺れをもたらしてくる。相手が触れることを望む喜びと緊張が絡み合って、呼吸は苦しさを覚えるほどだ。
 三日月は目を閉じないまま、顔を近づける。
 触れた。
 小狐丸も紅い瞳を開いたまま三日月の唇を貪っていく。野生を名乗りながらも穏やかなこの刀の欲が垣間見られる瞬間を、いとおしいと思う。あらゆる刀剣男士を、また主を相手にするときは笑顔を絶やさないようにする細やかな刀だというのに、三日月の前では笑みを消してくれる。嫌悪の情によってではない。三日月には、素の感情をさらけ出してくれる。
 息苦しくとも離れがたい時間が続く。小狐丸の鋭い八重歯が立てられた瞬間に、三日月の体はびくりと跳ねた。気を遣って唇が離れてしまうのが嫌で、小狐丸に縋りつく。
 自身を見下ろす瞳はやはり、紅水晶というよりも血を連想させる。
 ちゅくちゅくと唾液を混じり合わせている時間が続いていく。舌を絡めて、ざらついた感触を味わう。その間も、やはり互いに目を閉じない。
 三日月の唇の端に唾と赤の混じった液体が滑り落ちて、首筋を濡らした頃に、ようやく互いを解放した。
 小狐丸の指が唾液を拭う。
「すみません。噛んでしまいました」
「いいや。気にするな」
 あの鋭い歯が立てられる一瞬以上の快楽は、それこそ小狐丸の刀身で身を裂かれる時以外ないだろう。
 だから、かまわなかった。
 小狐丸の普段は隠されている仄暗い欲情を味わえるというのならば、何をされても文句などない。たとえ四肢の自由を奪われて動けなくなったとしても、小狐丸が最後まで世話をしてくれるのならば、自分は微笑んでその行為を甘受するだろう。
「小狐丸」
 少し移動して、腕の枕から頭の位置を移動させてから、三日月は小狐丸の首の後ろに両腕を回した。
「だいすきだ」
「私もですよ。三日月。愛しています」
 贈られたのは、目と鼻の間に柔らかい口付けだった。




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    こぎみかとリクサラを主に、世界を大切にしつつ愛し合うカップリングを推しています。

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