8.うた (とうらぶ/こぎみか/青桜本丸)

 夏を迎えても青い桜が風に揺らされる本丸での、ことだった。
 この本丸の三日月宗近は番である小狐丸に大層溺愛されていて、また三日月も同様に小狐丸を窒息させそうなほどに愛している。実際にくびりかける姿を見た刀もいた、という噂もある。
 そうして普段は小狐丸と自室で二人きりの時間を過ごすことの多い三日月が、いまは山姥切国広と山姥切長義の部屋にいた。
 正座をして向かい合うのは、内番姿の国広と三日月だ。その背後では複雑そうな顔をした灰色の内番姿の小狐丸と興味がなさそうに帳簿をめくっている運動着の長義という二振りが、正反対の態度を見せている。
 すっと、息を吸う。
「歌といえば本歌だ。見ての通り、呼び名にも歌がついていて、何よりも俺との重ね歌での艶めかしさが証明している」
「ははは、若いな。だが唄といえば小狐丸だ。小鍛冶という長き歴史を積み重ねた小狐丸を差し置いて、唄を誇ろうなど」
 下から睨む国広と、上から見下ろす三日月の様子が剣呑なのは、つまりは惚気が原因だった。歌が上手いのはどちらの恋刀なのか。二振りとも譲らないため、決着がつかないでいる。
 話題にあげられている当の刀が「どちらでもいいでしょう」と拘らないため、三日月と国広の争いは日に日に激化していった。表立っての喧嘩には至っていないが、意地の張り合いは続いていく。
「もういいですから」
「懲りないね」
 小狐丸がとりなそうとし、長義はあからさまな呆れを浮かべるのだが、それは向かい合う二振りには届かなかった。顔を見合わせて肩をすくめる。
 もとから、青桜の本丸の三日月と国広は仲が良いとは言えなかった。それは三日月が小狐丸以外を視界にほとんど入れていないのもあり、また長義に対して明確な好意を向けつつも煮え切らない国広がもどかしくもあるようだった。そのため、どうしても態度が素っ気なくなってしまう。
 国広も三日月の小狐丸に対する絡みつくような愛情表現を少しだけ羨ましく思いつつも基本的な姿勢として引いているため、距離を置いている。
 そうして普段は接点を持たない二振りだったが、いまのように喧嘩腰になっているのは、歌が原因だった。
 小狐丸と長義が洗濯物当番の時に、長義が口ずさんだ歌を聞いて、小狐丸が誉めた。それだけが事の発端であるのだが、面白くないのは三日月だ。恋刀が誰に対しても丁寧に接するのは知っているが、褒めるまですることはあまりない。それに誇らしそうにする国広にも腹が立った。
 だから、三日月は年長者の面子をかなぐり捨てて、「でも小狐丸の方が唄は上手いからな」と主張し続けている。
 そろそろ長義がうんざりしていることに気づくと、小狐丸は三日月の後ろに回って抱きしめた。唐突な抱擁に、慣れ親しんだ体温に三日月は大人しくなる。身を擦りつけて甘え出す。
「三日月。私の唄の巧拙など、どの刀とも比べるものではないでしょう。それよりも貴方と唄いたいのですが、お相手してくれませんか?」
「ん」
 俯きながら小さく頷く。頭を大きな手のひらで撫でられる三日月は心地よさに蕩けた表情を浮かべていた。
「本歌、俺たちも」
「いやだよ」
 即座に斬り捨てられた国広はそれでも諦めずに、長義に詰め寄っていた。


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    創ることが好きな人。
    こぎみかとリクサラを主に、世界を大切にしつつ愛し合うカップリングを推しています。

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