ずっと一緒にいられなくても、ずっと傍にいたい。
ボーダー本部の休憩室で嵐山は唐突に言い出した。大きな声ではなく、向かい側に座っている迅にしか聞こえなかったのは幸いなことだった。
嵐山はこういう男だ。普段は常識があるというのに、まれに突拍子のないことを言い出したり、し始めたりする。それらも巻き込む相手に対し強制するのではなくて、最終的には「仕方ない」と思わせる説得力を持って行動している点が厄介だ。
すでに共に過ごした時間は長いのもあり、嵐山と迅が築いた信頼関係は厚い。とても分厚い。だとしても、先ほどの台詞はいかがなものか。嵐山が言い出す直前まで、迅のサイドエフェクトも未来を囁きすらしなかった。
「どういうことだよ」
ペットボトルに口をつけてから、迅は嵐山に尋ねた。
もう少しでアフトクラフルへの遠征が決行される。迅はボーダーに残るが、嵐山は遠征に向かうはずだ。
しばらく会えなくなるのは確定している。しかし、今生の別れではないしそうなっても困る。悲劇の未来を一つでも潰すために実力派エリートは日々奔走しているのだから、嵐山に悲壮なことを言われると怖くなってしまう。
とはいえど、当の本人はけろりとした様子だ。自身が口にした言葉の不穏さに欠片も気付いていない。
嵐山は言う。
「たとえば、次の遠征でおれが死ぬとする」
「やめてよ」
「おそらく、おれは死んでも黒トリガーにはなれない。迅にも二度と会えなくなる」
「そんな未来こさせないから」
全ての合いの手を流しながら、嵐山は流暢に話し続けた。途中で顔を上げる。迅の瞳を真っ直ぐに見つめてくる。
嵐山の瞳には淀みも歪みもない。いつだって、前を向いていける強さを秘めている。
迅は、これは最後まで聞くしかないなと覚悟を決めてから、嵐山と視線を合わせた。
「たとえ、もう二度と会えなくなったとしても。迅の胸の一番奥にある柔らかなところへ、おれの存在をのこしておきたい」
「だから?」
「明日の散歩も一緒に行こう!」
結局、最後の誘いを口にしたかっただけなのだろう。身構えた自分がばかだったと、迅は頷いた。脱力してしまう。
嵐山はといえば、笑顔のまま首を傾げている。迅の気が抜けた理由を全く理解していないようだ。
いつだって見つめると眩しくて、たとえ隣にはいなくとも会いにいったり、呼べばすぐに来てくれることが当然になっている。
大切な人を失った迅の心の穴を自然と塞いでいってくれた存在の名を、嵐山准という。
そのことを口にしたことはないけれど、言うことも一生ないだろうけれど、嵐山という存在は迅が生きる上で決して失いたくないものの一つだ。
彼が命を落とすサイドエフェクトを見てしまったら、ひっくり返して違うルートに運命の玉を転がしてしまう。その自覚はある。
だけれど、同時にわかってもいた。
嵐山は他の人を犠牲にしてまで迅が自身を救うことを望みもしないのだと。
だからこそ、彼はヒーローだ。
迅はこれからも積み重なる気苦労に思いを馳せて、溜息を吐いてしまう。それから、また首を左に傾げる嵐山に向かって笑いかけた。
もう、自身の胸の奥にあるやわらかなところに赤い大きな字で嵐山と書かれ、予約されてしまっていることも、言わない。
言ってやらない。
その様子を二つ離れた机から見ていた烏丸は言う。
「あれで付き合っている自覚がないのが怖いっすね」
「怪談よりもホラーだな」
すでに烏丸と付き合っている出水も同意してしまった。