29.流血

 青い桜が盛りを過ぎても葉桜にならず、空に解けていくために、その本丸は青桜の本丸と呼ばれている。
 青桜の本丸の一行は青野原の戦場を進軍していた。隊長は同田貫正国であり、続くのは骨喰藤四郎と御手杵に乱籐四郎、そして小狐丸と三日月宗近だった。
 状況は芳しくない。主にしては珍しく振るわない采配だった。それとも敵の強さが増しているのだろうか。一歩進む度に跳んでくる銃弾が痛い。敵の攻撃の嵐の中を、一歩ずつ進んでいった。
 五度目の遠戦の頃になる。こちらの刀装は剥がれていき、初撃は甘んじるしかなくなってきた。
 同田貫が、小狐丸を庇う。
 その瞬間に三日月は誰にも気付かれずに目を見開き、拳を握った。
「無事か」
「ええ。助かりました」
 珍しく会話をする同田貫と小狐丸の後ろを三日月はゆったりとした足取りで進む。骨喰はその進みに力がないのを見て取ったのか、戸惑った声をかけてくる。
「三日月、大丈夫か」
「はは、お主に心配されるとはありがたいことだが。気にするな。少し血の匂いに辟易しているだけさ」
 いまだ中傷には至っていないが、どの刀も傷を負っている。血の匂いはここが修羅場だということを否応なく訴えてきた。
 だというのに、三日月の返答に骨喰は納得していないようだ。普段の無表情でいながらも、違うだろう、と訴えかけてくる感情がある。
 骨喰は不器用ながらも相手を気遣う優しい刀であることを三日月は知っている。最初はつれない会話もしたが、徐々に心を開いてもらい、いまは互いに親しい一振りとなった。同じ主のところにいたよしみが大きいのだろう。
 それでも三日月の心は小狐丸に執着してしまう。
 いかんな。俺は、変わったのだろう。
 自身に言い聞かせるのだが、どうしても先ほどの光景がよみがえってしまう。自分には叶わない、小狐丸を守るということ。それを同田貫はいともたやすくしてみせた。庇うという行為が小狐丸に対して行われる度に嫉妬するわけではないが、薄くのない衝撃を噛んでしまう。衝撃は呑み込むこともできずに、口の中で転がって苦みだけが残されていく。
 そうして、また会敵となった。
 容赦なく放たれる銃弾の雨に三日月の最後の刀装が剥がれた。まともに攻撃を味わうことになる。豪奢な着物が破れていく様子を、骨喰が真っ直ぐに見ていた。
 だけれど、今回の遠戦では小狐丸も正面から攻撃を防いでいた。それを端で見た三日月は安堵する。
 いまだ至らず真剣必殺のまま、刀を振るっていった。一刀で斬り伏せられる打刀もあれば、短刀の手助けを得て砕かれる太刀の時間遡行軍もいた。
 気がつくと、三日月の背には骨喰がいる。小狐丸は遠い。
 だからといってぼんやりしていられないのが戦場だ。戦いは続いていく。斬って、守り、薙ぎ、払う。
「三日月」
 あと少しで終わりが見えてきたところで、また骨喰が声をかけてきた。振り返る。
 骨喰が示すところには、小狐丸がいた。見つめられている。頬に朱線を走らせながら、尊き白い着物を破き、赤を染みこませて、小狐丸は三日月を見ている。いまだ距離はあって、敵がいつ襲ってくるかもわからないため、近づくことはできない。
 だとしても、小狐丸は三日月を見てくれた。
 それだけで良かった。
「最後まで進めると思うか」
 三日月は骨喰に声をかける。黙って頷かれた。
 全員が傷を負い、血を流し、痛みを抱きながら前に進んでいく。戦果をこの手につかむために。この戦いを終わらせるために。
 その終わりの瞬間の先に、小狐丸と共にあれる未来が欲しいのだと。
 三日月はそっと自嘲した。
 血を流してまで戦う理由は多々あるが、理由の最たるものが小狐丸であるという己の浅ましさを知っているために、骨喰の優しさが鋭く刺さる。
 だけれど、それをどの刀にも言えはしないのだ。
 言葉の代わりに三日月は太刀を振るう。己の刀身を研ぎ澄ませ、敵を屠っていった。
 そうして此度の出陣も終わる。
 戦果は語らずとも記された。赤い二文字にて。



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    創ることが好きな人。
    こぎみかとリクサラを主に、世界を大切にしつつ愛し合うカップリングを推しています。

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