黄色い藤が静々と連なる本丸であるために、その本丸は黄藤の本丸と呼ばれていた。
黄藤の本丸の屋敷を歩くのは極に至った小狐丸だ。初の刀剣男士が集う部屋の廊下を静かに進んでいると、不思議なものが見えた。思わず立ち止まり、のぞき込む。
その部屋では小さな刀剣男士以下が、黒い紙鉄砲を持って何度も振り下ろしていた。呑気な姿を、初の小狐丸と三日月が眺めている。こちらの小狐丸と三日月は番でもあった。
「何をしておる」
気負いのない光景に、つい声をかけずにはいられなかった。
刀剣男士以下の子どもである、小狐丸と三日月の鋼によって誕生した宵だが、小狐丸に振り向くと呑気に言う。
「かまー」
小狐丸は首を傾げた。
ただの紙の玩具に過ぎないものを何に例えているのだろう。
その間も宵は、ばふばふと紙鉄砲を振り下ろしては持ち上げている。時に横薙ぎにしていた。見守る小狐丸が手を叩く。
まったく謎の光景だ。
疑問符を浮かべる小狐丸に答えるために、三日月が話す。
「一文字則宗に、漆黒の鎌というものを教えられたみたいでな」
「これは、くらきをやどす、するどきやみのかま」
三日月の言葉を引き継いで、宵が決めた。鋭く左前に紙鉄砲を差し出すという傾き具合だ。小狐丸は変わらず拍手をしている。
「なんなんじゃ」
刀剣男士が鎌を武器にするということ自体が奇妙である。また「漆黒の鎌」という年頃の少年少女である人間が夢を見そうな設定までつけられて、小狐丸は眺めながら呆れるしかできない。
その間も宵はふらふらと動いては、紙鉄砲を何度も振り下ろしている。そしてまた、見栄を切ると言った。
「宵の刀より、このかまのほうがきっと、つよい」
宵が鎌ではなく、刀を顕現した姿も小狐丸は見たことがある。顕現された刀はいまの宵の身の丈相応な小ぶりのものであった。親が太刀であるというのに、その鋼からできたにしては小さすぎる刀だった。
だからこそ、漆黒の鎌というものに憧れているのかもしれない。自分よりも強いものに憧憬を覚えるのは、子どもらしい。
しかし、大人は知っている。自身に相応ではない武器を振るうことは、無意味な破壊しか生まないということだ。
小狐丸は、宵にはそうなって欲しくなかった。
父である小狐丸と、母である三日月は実子の願望を無碍にはできずに甘い夢を見せているのだろう。だから止められない。諭せない。
ならばと、余計な世話でしかなかろうと小狐丸は踏み出した。
「宵」
「んー」
「私に、その鎌を振ってみよ」
宵は止まる。じっと、小狐丸を見上げている。
「やだ。これは、わるいかま」
「悪いのならば使ってはならぬよ」
「うん。でも、宵はみじゅくだから。つよくなりたい」
子の言葉を聞いた小狐丸は眉をしかめる。幼いと思っていた我が子の純粋な焦りが胸を刺したのだろう。それは木の皮のように、小さくとも荒さを持つ、痛みとなる。
強くなりたい。それを願うのは誰しも当然のことだ。戦いの場に立つ者ならばなおさら願う。
それでも、宵に不実な力を乞うてもらいたくない。
三振りに共通する祈りだ。
「宵」
小狐丸か、それとも三日月か。どちらが呼んだのかはわからない。ただ三日月は宵を包み込み、小狐丸が幼子の手にした漆黒の鎌に手を添える。
親ではない小狐丸は宵の目の前でしゃがみこんだ。
「ゆっくりじゃ」
極に至った小狐丸だからこその、強さを示す言葉が続いた。
小さく口を開けている宵に、何度だって言う。
「強くなるのは、ゆっくりでいいのです」
「宵はまだ戦う必要なんてないのだから」
「正しく、強くなれ」
宵がそれらの言葉の重みに気付くのはまだ先になるのだろう。だけれど、いつか気付くはずだ。力というのは一足飛びに手に入るものではなく。悪意によって振るわれる力は暴力と化す。
いまだ理解していなくとも、宵は、手にしていた紙鉄砲を床に落とした。
28.漆黒の鎌
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