赤い菫が慎ましやかに彩る本丸であるために、その本丸は紅菫の本丸と呼ばれている。審神者はいまだつきたての米みたいに年若い女性だ。近侍は乱藤四郎が勤めている。最初に鍛刀された刀であり、主からも、他の刀剣男士からも信頼されてまた畏怖されている。乱の補佐をしてくれているのが小狐丸で、乱藤四郎に小狐丸は優しい。
乱はそのことをよく知っている。ありがたく、嬉しく思うのと同時にひどく面倒なことでもあった。正確に言うのならば面倒なのは小狐丸ではない。彼の刀に密かに想いを寄せている、政府から賜った三日月宗近が面倒なのだ。
いまも、乱と小狐丸は二振りとも内番の格好をしながら、審神者の部屋の縁側で梅を眺めている。そのあいだも乱は死角となる壁の裏側から視線を送ってくる三日月宗近の存在を感じていた。
恋慕の情を斜めに向けられるのはやっかいであっても、決していやなことだとは表に出さない。そういった気遣いのできるところは、乱が刀剣男士から信頼と信用を預かる上で大いに役立っている。
「今年の梅も鮮やかですね」
「そうだね。もう少ししたら、桃の景趣に切り替えるのかな」
小狐丸と話をするとさらに視線の圧が強まる。大人げないと呆れたくなるのをこらえて、乱は自分が折れることにした。
目の前にある梅も白の花弁に赤を添えて、これほど華やかに咲いている。春は独占しないでお裾分けするべきだろう。その来訪を待ちわびている刀があるのならばなおさらだ。
「あのね、小狐丸さん。万屋に行かない? 最近、新しいへあおいるが入ったんだって」
「それはいいですね」
ならば行こうと、二振りとも立ち上がる。その気配を察して三日月はその場から立ち去ろうとしたのだろうが、早足で進む乱によって捕まえられた。
「三日月さんも行く?」
小首をかしげて、目と唇を月の形にするという愛らしい笑みを浮かべた乱に、三日月は小さな声で「ああ」と返した。
刀剣男士はおしなべて顔の揃った刀が多い。その中でも、三条の太刀を二振り連れて歩く乱藤四郎は目立つようで、人目を集めた。
そのことに乱は物怖じしない。堂々と先を進んでいく。控えめなのはまいぺえすで名を馳せているはずの三日月で、小狐丸に静かな視線を送っている。物欲しげなものにも浅ましいものにもならず、期待しすぎず。だけれど振り向いてくれることを乞うている。
いじらしいことだ。乱は小狐丸の誰に対しても向ける丁寧さ故に一定の心情に対して鈍感であることの罪深さを知ってしまう。
目的地である万屋だが本丸ごとに用意されている。そうでもしないと品物の補充が大変なのだそうだ。
乱を先頭にして、三振りは紅菫本丸の万屋に入る。真っ直ぐに美容品が揃えられている一角に向かった。
「これはこれは」と目を見張る小狐丸に乱は笑顔を向けた。
二振り並び、効能や使用用途を読みつつ、手持ちの小判で何を買うか乱と小狐丸は盛り上がった。
「これは確かに良いおいるですね」
「こっちのへあみるくもいいんじゃない? ボク、最近は乾燥が気になるからさ」
「そうですね。乱くらいの髪の細さでしたら、みるくでもよいでしょう。私は量が多いので、そちらだとすぐに足りなくなりそうです」
「小狐丸さんの髪は本当にすごいよね。量もふわふわだし、艶もあるし」
乱に真っ直ぐ褒められると小狐丸は誇らしく、また主には見せない照れも見せてくる。そのはにかんだ微笑は確かに愛らしい。
「すごいな。俺にはさっぱりだ」
三日月の声がぽそりと落ちた。いままでいることを忘れていたわけではないのだが、仲間外れと同じ状況になっていた。それを責めることはしてこない。ただ、寂しいと言うようにそっと輪の中へ入りたがった。
小狐丸は三日月の手を引く。
「三日月殿は飾らなくとも。手入れしなくとも、美しいですからね」
「そうでも、ないがなあ」
などと言いながらも、小狐丸に褒められると三日月は嬉しそうにする。
そういうところも罪深いと乱は思う。この小狐丸は三日月の片思いに気付いていない。気付いているとしても、金平糖の欠片くらいだ。
見ているこちらが苦労するなあと、二人のやりとりを眺めている乱に小狐丸はまた賛美の言葉を向けてくる。
「乱も大変可愛らしいです」
「ありがと」
それだけのやりとりで三日月はむくれた。いたたまれないのか、場を離れようとしてから何かに目を留める。透明な容器に入れられた青を手に取った。
「これは」
三日月の気分が逸れたことに安堵しつつ、乱は三日月の手元をのぞき込んだ。
「堀川さんや和泉守さんがしているよね。お揃いのぴあすって、少し憧れるな」
「そうだなあ」
同じ主の元にあった、確固たる証明だ。
三日月も小狐丸にちらりと視線を送る。しかし小狐丸は気付かない。乱の背後からピアスを見ている。
「つけるのですか?」
「そういうわけではないが」
「でしたら、よかった」
乱と三日月が首をかしげているあいだに小狐丸は続ける。
「三日月殿はそのままでいてください。美しい貴方の肌に穴が開くなど、勝手ですが、私は耐えられそうにありません」
「小狐丸さん、意外と支配欲あるんだね」
「そうですかね」
小狐丸は首をかしげる。
この調子でいるのならば当分、三日月は苦労しそうだ。
乱はどうしようもない関係に呆れながら、三日月の抱えている痛みについて考えた。
それは鋭くて甘いのだろう。