12.安らぐ場所

 黄色い藤の花が常にしなだれ咲いている一角があるために、その本丸は黄藤本丸と呼ばれていた。
 さて、黄藤の本丸には数多の刀剣男子が集っているが、それらを外れて異彩を放つ少年がいる。左側に小狐丸、右側に三日月宗近を配置して掛け合わせた刀剣男士の模造品、それが「宵」という少年だ。
 最初の頃は黙って出かけて風船のように彷徨い歩くため父と母である小狐丸と三日月は大いに気を揉んでいたのだが、最近は大きな変化があった。
 小狐丸と三日月と宵の三人で暮らす部屋でふと、宵が頭を預けている三日月の膝から起き上がる。そうして引き戸まで向かうと振り向いて言った。
「ととさまのににさまのところに、いく」
「そうか。俺も一緒に行っていいか?」
 宵は小さな頭を大きく縦に動かした。
 どこに出かけるか告げてから出かける。そういった些細なところで子の成長が感じられて嬉しかった。以前みたいに黙って出かけられて、心配しながら探し歩き回るといったことも激減したため、素直に宵の外出を喜べる。
 青い狩衣姿の三日月は手土産のための菓子を持参して、とことこと部屋を出て歩く宵の後ろを着いていった。宵の歩幅は小さいが足取りは以前に比べて頼りないことはなくなった。小さな頭に振り回されずに重心を取っている。
 そうして、宵は自室から四部屋離れて斜めにある部屋の引き戸を揺らした。
「ににさまー。ととさまのににさまー」
 ゆるく力を込めて動かしていると、すぐに扉は横に引かれる。立っているのは極に至った立派な白い衣装の小狐丸だった。
 こちらの小狐丸は宵の父ではない。だが、宵はよく懐いていてたびたび遊びに赴いている。そのたびに困った顔をする小狐丸であったが、一度も拒むことはしなかった。
 いまのように出迎えてくれる。
「なんじゃ」
「遊びに、きた」
 胸を張って言った宵を小狐丸は軽々と持ち上げた。そのまま腕に抱えながら、三日月に気づく。
「お主も来ていたのか」
「ああ。宵だけでは不安だからな」
「子が遊びに出かける度について行くのもどうかと思うがのう。日々成長してるんじゃから、今日はいいが、次は待ってやれ。まあ、待つだけというのは一番辛いんじゃがな」
 さらりと言われた内容に三日月は顔を赤くする。それほど宵に対して自分は過保護であるのだろうか。
 多少辛辣なことを口にした小狐丸はといえば特に気にしている様子もなく、宵を抱えて部屋に入る。三日月もその後に続きながら、広い背中を見て考える。
 どうして宵はこれほど小狐丸に懐いているのだろう。
 尋ねることでもないので聞いたこともないが、不思議だった。とはいえ父親の小狐丸を放っているわけでもないので、何かを感じ取っているのだろう。自分も、うっすらと極の小狐丸が漂わせる一振りの気配が気になってしまうのだから。
 それにしても、小狐丸の腕にぶらんぶらんとぶら下がっている姿だけでも、宵がことさらこの小狐丸に懐いていることが伝わってくる。
 三日月のいたわしげな視線に気付いたのか、小狐丸はさらりと言う。
「気を遣ってくれているんじゃろうな。宵は」
「んー? 宵は、ににさまが心配なだけだよ?」
「生意気を言う奴じゃ」
 そうして宵の頬を小狐丸はふにふにともみしだく。宵の頬は柔らかくしっとりとしているので指で遊ぶと気持ち良いことは三日月も知っていた。眠っている時などに自分もつい触れてしまうのだから。
 寂しげに笑う小狐丸の横顔に見惚れていると、夢から覚ますように小狐丸はまた話す。
「宵。それでも、お主の安らぐ場所はここではないぞ」
 それは小狐丸が自分に言い聞かせているようでもあった。
 宵は大切で愛おしいが、それでも。
 自分は甘えてはならないのだと。



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    こぎみかとリクサラを主に、世界を大切にしつつ愛し合うカップリングを推しています。

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