49.指輪

 催事が一段落し、冬の連隊戦に備え始めた時期の話になる。
 紅い菫が色鮮やかに咲いているために紅菫と名付けられた本丸にて、近侍を務める乱籐四郎と第四部隊隊長の小狐丸は縁側にいた。
 和らいだ日差しと秋の終わりの冷えた風を受けながら、乱は雑誌をめくっている。令和、と呼ばれる乱たちがいる時代よりも遠い過去の時代における風俗を扱った資料だ。
「この指輪、可愛い!」
 そう言って乱が小狐丸に見せたのは桃色をした小粒の宝石と繊細な蝶結びの飾りが付いた指輪だった。乱の細い指によく似合いそうだ。
「確かに洒落ていますね」
 小狐丸が同意すると乱はにっこりと笑った。
 紅菫本丸にて初めて鍛刀され、不動の近侍の座に君臨している乱と阿津賀志山で拾われた小狐丸の仲は良い。小狐丸も紅菫の本丸では教育番長を務めているため、乱とは仕事でも私事でも関わることは多かった。
 そのために、役職をあてがわれていない月から静かに見下ろされることも多い二振りなのだが、乱は剣位の圧に屈する刀剣男士ではない。さらりと柳のように流して、小狐丸の隣にいる。
 乱はその後も雑誌の頁をめくっては「いいなあ」と甘い息を吐いている。小狐丸はその様子を微笑ましく見守っていた。戦場では一番にと駆け出す頼もしい短刀の、年頃のいとけない仕草は見ていて癒やされる。
「万屋だけじゃなくて、こういうおしゃれなのも買いにいけたらいいんだけど」
「一応、戦時中ですからねえ」
「ちよこを集めたり、花火を集めたりしているのにね」
 乱の発言に小狐丸は笑みを浮かべるのをこらえられなかった。眉を寄せて、苦く、だけれど楽しく笑ってしまう。
 時の政府からの命と困惑しながらも、主が「えーと。花火を十万個回収するみたいなの」と言っていた様子まで思い出してしまった。
 戦時にしては切迫しておらず、余暇を楽しむことも可能だけれども、完全な自由はない。刀剣男士の立ち位置はそういったところだ。
 縁側で足をふらふらと揺らしている乱が言う。
「ねえ。小狐丸さんは、もっと。とか思ったことはないの?」
 質問の意味を汲みかねて、小狐丸が首を傾げると、乱はさらに補足する。
「人の体を得たのだけれど、戦うだけじゃなくて。もっと、って」
「あまりないですね」
 そっけない返答になる。しかし、小狐丸は正直なところを話した。
 小狐丸の刀は現世には影も形もない。僻地にて密かに祀られている可能性もあるが、太刀である小狐丸は失われたとされている。
 だから、人の形で励起されたということだけでも不思議な現象であり、これ以上の人としての快楽を求める欲は薄かった。
 乱は小狐丸の答えを聞き、前を向く。
「そっか」
 応えてくれた乱の声が寂しげに聞こえたので、小狐丸は自身の欠落を感じる。刀剣男士としても、人の体を持って感情がある存在としても、ずれているのだ。
 だけれども、嘘を吐いて調子を合わせるよりかは先ほどの態度は誠実だと信じたかった。
 乱は雑誌を横に置くと、空に向かって手を伸ばす。
「いまだって不満はないんだよ。でも、外を知る度に憧れは増えていくんだよね」
「そうですね」
「だったら、戦うことだけを教えてくれたらよかったのに。少し、残酷だよね」
 乱が手を伸ばしている先にある太陽は眩しくて、本来は刀であるこの身すら溶かしてしまうのだろうか。
 だとしても、自由に焦がれる気持ちは止まらない。
 治まりのつかない衝動を理解しながら、小狐丸は言葉にする。
「私は戦うことに終始するのではなく。いま、乱が隣にいて、こういった些細な話ができることを十分に嬉しいと思っていますよ」
「もう! ありがとう」
 乱は嬉しそうに微笑んだ。




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