41.始まりの予感

 秋が始まると同時にますます花を付けて芳香を漂わせる金木犀が咲く本丸であるために、その拠点は金木犀の本丸と呼ばれるようになった。
 金木犀の本丸では、すでに修行に旅立てる刀は皆が極に至った。最近では豊前江が修行に向かっている最中だ。
 催事はといえば、秘宝の里がいまは催されていて、順繰りに太刀や大太刀の刀剣男士が駆り出される程度の忙しさだ。基本的には穏やかな日々を過ごしている刀剣男士が多い。
 大包平もその一振りだ。
 今日は出陣も内番も割り振られていないため、日本号と蜂須賀虎徹の手合せの見物にでも見にいこうかと考えながら、廊下を歩いていた。
 天下五剣の気配を察知する。
 歩調を緩め、壁に背中を預けて周囲を伺うと、出陣姿の三日月宗近と数珠丸恒次が話をしているところだった。
 修行に旅立つ前と違い、いまは天下五剣を羨憎する気持ちは昇華された。だが、見かけると気になってしまうところは変わらない。三日月に関しては居丈高に澄ました様子が気に入らず、数珠丸に対しては面すると勝手に背筋が伸びてしまう。反発と敬意といった相反する感情を天下五剣に対して身の内に抱えてしまう点は、相変わらずだった。
「こちらの本丸も、次の年で十周年ですか」
「そうだな。主はいまから準備などで忙しいようだ」
 話している内容はありふれた世間話だが、数珠丸の様子が剣呑な点が気にかかった。普段は冷静かつ柔和で、相手に威圧や不快な思いをさせることのない刀だ。その数珠丸が緊迫感を漂わせて三日月に向き合っている。
「節目の年です。また、歴史修正主義者がこれを好機にと、襲いかからないとよいのですが」
「そうだな。戦乱が十年も続いているのを祝いたいものはいないだろう」
 数珠丸の伏した瞳が鋭さを増す。
「三日月殿。貴方は」
「探しましたよ、三日月殿。数珠丸殿」
 呑気な声を上げたのは、小狐丸だった。こちらも極の出陣衣装をもっふもふとさせながら二振りに近づいていく。
「隊長の燭台切殿が、お二振りがいないので困っていましたよ。さあ、行きましょう」
 今度はすたすたと歩き出す。三日月と数珠丸は視線を合わせて、首をかしげながら小狐丸の後についていった。
 残された大包平は考える。
「盗み聞きとは、よくないことをしたな」
 だというのだが、普段は独特な雰囲気で集うことの多い天下五剣同士、さらに天下五剣の中で一番話の通じる数珠丸が三日月に対して厳しい進言をしようとしていたのは気にかかった。天下五剣に劣らずとはいえども、その輪の中には入れない己に忸怩たる思いを抱く。
 割り入れたら、よかったのだ。
 「何をしている」と聞き、数珠丸の味方になれたのならば、よかった。
 今更ながら、自身のしたかったことに気付いた大包平は己を恥じる。修行に向かう前の己ならば躊躇無く行動していただろう。修行により成長はしたが、欠落したものも大きい。
 まだまだ鍛えるべきところがあると、決意をしながら、大包平は手合せに入れてもらうことに決めた。
 歩きながら、もう一つ気にかかることについても考える。
 急ぎの用事があったとはいえ、天下五剣のあの剣呑な雰囲気にさらりと入った小狐丸という刀も、不思議だ。
 三日月宗近の番だとされているが、自身も数珠丸恒次と同様の関係になれるだろうか、とまで考えてから、大包平は壁に頭を打ち付けた。
 通りがかった、実休光忠に驚かれた。




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    こぎみかとリクサラを主に、世界を大切にしつつ愛し合うカップリングを推しています。

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