黄色の藤が一年ものあいだ絶えず咲いている本丸であるために、その本丸は黄藤の本丸と呼ばれるようになった。
いまは初の小狐丸が廊下を歩いている。小狐丸の隣によく並ぶのは初の三日月宗近だが、今日は出陣のためかいない。だから小狐丸は一振りで歩いている。
正確にはある刀剣男士未満を捜している。
捜しているのは初の小狐丸と初の三日月の子である、掛け合わせ人工刀剣男士の宵だ。あの刀はまたどこかにふらりと行ってしまった。最近は黙ってどこかに行くことが激減していたため、油断していた。
宵はいつまで経ってもぽんやりとしたところが抜けない子だ。それなのに隠蔽と偵察は高いのか、気がついたらどこかへ消えている。もし時空転移装置に触れてしまったら、と思うとぞっとするので勝手にどこかに行くのはやめてもらいたい。しかし、好奇心が旺盛なのかいつもどこかに一振りで出かけてしまう。前は庭にある木の枝の三番目に高いところにしがみついていた。そのときの三日月は大いに慌て、宵を下ろすために苦労したものだ。
小狐丸は広い本丸を歩き、宵の名を呼びながら捜す。たまに小狐丸に気付いた刀剣男士が「見たよ」と「見ていないよ」を繰り返す。
「宵? あの小さな男の子のことかしら。こちらには来ていません」
「そうですか。ありがとうございます」
正宗の一派が集う部屋の近くで京極正宗はいつもの可憐な様子で答えた。こちらに来ていないのならば、あちらかと小狐丸は方向転換をする。
向かうのは修行を終えて極になった刀剣男士が集う部屋だ。出陣衣装の着替えのための品が増えたため、後から増築された区画になる。
まだ宵の名前を呼びながら歩いていると、ある部屋から腕がひょっこりと出てきて手招きされる。不思議に思いながら近づいて小狐丸が部屋に入ると、室内にいたのは極の小狐丸だった。出陣帰りなのかこれから近侍を務めるのかは不明だが、白い着物を身にまとっている。
「どうかしましたか」
「これをなんとかしてくれ」
普段は吊り気味の眉を下げながら、困っていると暗に言われた。視線の先には押し入れがある。近づいて襖を横に滑らせる。
中にはくうくう、丸まって眠っている宵がいた。
なんとまあ大胆な昼寝だろうと小狐丸もくらっとした。
「すみません」
いつの間に、どうしてこんなところまでと呆れを覚えながらも小狐丸は宵を抱き上げる。まだ眠っている宵は小狐丸の腕の中で身を丸めた。
「んー」と上がる声に二振りの小狐丸の頬が緩む。
その表情を見て、初の小狐丸はつい言ってしまった。
「あげませんからね」
「かまわぬよ」
そう答えながらも宵を見つめる瞳は春の陽光と同じ温かさと優しさに満ちていたので、宵の悪戯に対して怒ってはいないようだった。ただし相当びっくりしただろう。押し入れを開けたら猫の子、ではなく子どもが眠っていたのだから。
小狐丸が宵を揺らしていると、徐々に宵の赤い瞳が開かれていく。
「んー」
「宵」
ぱっちりと開いた目には丸い驚きが宿っていた。
「えっ」
母譲りの呑気さで生きている宵が珍しく声を上げるほど驚いたことに、小狐丸たちも驚いた。その後に宵は頬を膨らませる。
「ににさま、びっくりさせようとしたのに。宵がおどろいた」
「そういうことか。面白い挑戦だが、ほれ、早くせんとかかさまが帰ってくるぞ」
極の小狐丸が示す通り、本丸の玄関口にある時空転移装置が作動している音がする。出陣していた部隊が帰ってきたのだろう。
宵は小狐丸の腕の中にいたが、音を聞くと身じろぎを始めたので、小狐丸は宵を床に下ろした。
「ととさま、かかさまむかえにいこー」
そうして揺らがぬ気ままさで言うのだから、小狐丸は苦く甘く笑ってしまう。宵の手をつかんで本丸の玄関口へと三日月を迎えにいった。
小狐丸は行かない。そのことを理解しているため何も言わなかった。
そうして、本丸の玄関口で二振りは手をつなぎながら三日月を待つ。光が消えると同時に、頬に血を、狩衣にわずかな破れを残して帰ってきた三日月が現れた。宵はきょとんとした表情を浮かべたあとに三日月の下へ走っていった。
どん、とぶつかる。
「宵」
「かかさま、だいじょうぶ? すっごくいたそう」
小狐丸譲りの短い眉を下げて心配する宵の頭を、三日月は優しく撫でた。
「大丈夫だ。ありがとう」
「でも、でも」
初めて見る負傷した三日月にまとわりついて、宵はくるくる回る。それを見つめる三日月は困ったように、だが嬉しそうに笑っていた。
小狐丸は間に入る。
「よくがんばりましたね、三日月。早く手入れ部屋へ」
小狐丸は宵の背中に手を当てる。宵をなだめながら声をかけると、三日月は頷いて本丸へ入っていった。
母の背中を見送りながら宵が言う。
「あれが戦う、ということなの?」
「はい。そうですよ」
宵はまだ納得できていないようだった。怒りはないが不思議そうに言う。
「みんななかよししないんだ」
そうだったら、どれだけ素晴らしいのでしょうね。
小狐丸は言葉で応えずに、宵の頭に手を置いた。
みんな仲良しだったら、私も喚ばれずに三日月と再会することは叶わず、宵も打たれていなかったというのに。
19.昼寝
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