青い桜が夏の空に焦がされる昼の頃。
本丸の縁側に座る三日月の腕の中には小狐丸がいた。お互い、極になる前の出陣衣装ではあるが一点だけ奇妙な点がある。
三日月の腕の中にいる小狐丸が小さかった。百九十に迫る長身が、いまは三分の二ほどしかない。それでも二振りは疑問など見せずに、愛おしそうに抱きしめて、抱きしめられている。
小狐丸を閉じ込めている三日月は頬をくすぐるもっふもふとした頂点の毛に、自ら擦りよりつつ、望外の幸福を堪能していた。
普段の小狐丸は「名は小さいけれど大きい小狐丸」と己を誇りつつ、自分をたくましい腕で抱擁してくれる。そちらも毎回、奇跡のように嬉しい。だが、こうして全てを包み込んで抱きしめる側に立つのも悪くはない。それどころかとても良い。もふもふの髪も自分より低がとろとろとした熾火のような芯のある熱も、しなやかな体も全て味わえる。
なんて幸せだろう。
「お? 小狐丸の旦那が小さいな。どうしたんだ?」
「豊前江か」
遠征帰りか、出陣衣装のまま通りがかった豊前江に現状の理由を聞かれた。興味が津々だと端正な顔に浮かんでいて、隠すわけにはいかなさそうだった。
小狐丸が話す。
「今日は七夕でしょう」
「そうだな」
「ですので、月と星の力が高まりまして、三日月の願いが叶ったのですよ」
まだ飲み込めないと、首をかしげられる。
「旦那が小さくなることが?」
「ああ。愛いだろう?」
三日月は長年秘めていた宝物を垣間見せるように、腕の中の小狐丸を自慢した。
だけれど決して触れさせない。小狐丸を抱きしめる腕の力を強くしてここから放さないと、自分の物だと明らかに示す。
豊前江は興味深そうに眺めた後に、いつもの爽快な笑みを浮かべて、すがすがしい声で言う。
「幸せにな!」
そのまま、一気に立ち去った。普段から風を称するだけあり、未練も執着もない。
それは双方にとって幸いだ。もし他の刀が現れて、普段とは違う小狐丸を面白がられたり、余りの可愛さによって手を伸ばされるなどされたら、三日月は全てを振り払わなくてはならない。
この小狐丸は千年の孤独に耐えきった三日月宗近だけが手にして良い。
当然の傲慢を抱えながら、三日月はまた小狐丸を抱きしめる力を強くした。聡い狐はすぐに月の不安に気付いて、気遣う。
「部屋に戻りませんか?」
「いや。二人きりにもなりたいが、もう少しだけ見せたい」
「仕方ありませんね」
苦笑を浮かべる。体は小さくなっても、心は大きい小狐丸だ。
三日月を見上げる。
「月を見下ろせるのは稲荷の化身の子である私の特権だと思っていましたが。ですが、こうして見上げる三日月も、やはりうつくしい」
あ、もうだめだ。
普段より大きな赤い目を細めて、頬を李による一刷けを乗せて赤くしながら、讃えてくる小狐丸に胸がきぃうんと甘くなった。ますます小狐丸を抱きしめる力が強くなってしまうのを抑えられない。
すき。大好き、俺だけの旦那様。
「小さくなっても格好いいのだから」
「それは光栄です」
後頭部に手を当てられたと思えば、ぐいと首を伸ばしてきた。
唇が触れあう。普段よりも柔らかな熱。
三日月の顔はとろっとろにとろけてしまった。
七夕の願い事
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