スカイハグ(GBD/リクサラ)

 仕事を終えたコーイチが一人でガンプラバトル・ネクサスオンラインことGBNにログインすると、フォースの仲間であるサラが椅子に座って道行く人を眺めているのを見つけた。
 無事でいる様子に安心しながらサラのところまで歩き出す。
 GBNは今日もにぎわっていた。
 リクたちからは放課後に文化祭の決めごとがあるため、三人ともログインが遅くなると聞いている。だから、サラの様子も見てほしいとも頼まれていた。
 GBNを揺るがす大事件の後からサラは一躍有名人になった。大抵のダイバーは好意的にサラを受け入れてくれたが、たまに悪意や敵意や、好奇心にあふれた人たちも近づいてくる。
 コーイチがサラに声をかける前に、記者らしき姿のアバターをした人物がサラに話しかけてしまった。眉をひそめる。途中で周囲を見渡すが、いつも助け船を出してくれるマギーたちなどはいない。
 自分がなんとかしなくてはならないようだ。
 コーイチは足を速める。
 記者らしきアバターをした男はいまだ椅子に腰掛けているサラの斜め前に立って、話しだした。コーイチが間に入るまで、あと数歩といったところだ。
「サラ君だよね。君は以前にガンプラバトル・ネクサスオンラインのイメージガールにもなっただろう? 所属しているフォースはビルドダイバーズだからなんて逃げずに、たまにはインタビューくらい受けてくれてもいいんじゃないかな」
 ライターらしき男性は落ち着いて話してはいるが、合間合間に選ぶ言葉は強引さも感じられた。周囲を歩くダイバーも漂い始めた不穏な空気を察している。だからといって部外者が無理に割り込めるほどではない。
 声をかけられたサラはいつもの無防備さのままライターが口にした単語を繰り返した。
「いんたびゅー……?」
 コーイチは進んでサラの隣に立つ。サラはコーイチを見上げてきた。「インタビュー」の言葉の意味を教えて欲しいのだと分かって、コーイチはまず説明する。
「サラちゃんに聞きたいことがあるから答えてほしい、ってことだよ。でも、そう簡単にいいですよとは言えません」
 後半はいまだにGBN内のサラについての記事を書きたがっているライターに告げる。邪険にされたライターは表だって気分を害した様子は見せないが、どうしてかと問うてきた。
 コーイチはきちんと説明する。
「サラちゃんはまだ物事の機微について学んでいる途中なんです。下手な質問をされて、本来のサラちゃんと異なる印象を多くのダイバーに与える危険は侵せません」
「私はただ、GBNで話題の中心となっているサラさんと、リクさんの話を少しばかり聞きたいだけですよ」
 随分と下世話なことを話題にしているじゃないかとコーイチは呆れる。
 オーガの力もあったとはいえ、チャンピオンをも乗り越えたリク君とサラちゃんの抱擁は、多数のダイバーが目にすることになった。そしていまもリク君とサラちゃんは抱きしめあって機体に乗り込むことがある。だからといって、毎回互いに腕を回してから二人乗りをしているわけではない。機体を得たサラちゃんは自分でGBNの世界を駆け回っているし、もし二人乗りをするときがあっても抱きしめる以外に、コックピットをイメージしてから乗りあわせるなどもしている。
 だが、人は物珍しいものに興味を惹かれる存在だ。
 リク君とサラちゃんのあの大胆な二人乗りに憧れて、抱きしめ合ってからの二人乗りというのも一時期GBで流行したらしい。けれど、それも早くに廃れていった。
 一つの機体のコックピットへ二人乗りをすること自体はどのダイバーもできるだろう。だが、リク君とサラちゃんほど想いを通じ合わせて世界に身を投げて飛び込むことは、そうそうできるものではない。
 それらがあってから、リク君とサラちゃんの二人乗りはGBNにとってある種の特別な光景になっていた。
 二人を見て頬を染めてささやき合う人も、やっかみ混じりにからかう人もいる。だけれどリク君とサラちゃんは気にしていない。
 手を伸ばして、互いの存在を受け入れている。
 それを僕は守らなくてはならない。二人より、年上だから。
 大切なものを見失う痛みを知っているから。
「サラちゃんとリク君にはそれこそフォースの仲間などという大切なつながりがあります。勝手なゴシップを混ぜて、ネタにするほどのことじゃないでしょう」
 コーイチはライターを退けようと強い調子で言った。
 GBD時代から知っている。悪意は善意よりも早く伝染して、つながりを汚染していく。
 その過ちを繰り返さないために、今度こそ、ビルドダイバーズという仲間を壊さないためにコーイチは正面から戦っていた。
 ライターは周囲からの怪訝な視線も気にしているだろうが、まだ話を続けていく。
「では強いつながりのあるイメージガールとビルドダイバーズのエース。本当に、ただの大切な仲間、という関係で済んでいるですか?」
 しつこいこの男に正直に言ってやりたかった。
 リク君がサラちゃんを助けるためにどれだけ自分を追い詰めながらがんばっていったか。
 サラちゃんがどれだけ苦しみながらも、リク君へ手を伸ばしたか。
 それはこんな人間に言っても無駄だろうから、コーイチは強引に話を断ち切って、サラの手をつかむ。
「行こう、サラちゃん」
「う、うん」
 ライターらしき男が、それでも後を追おうとしたときだった。
「サラにつきまとわないでください」
 声の聞こえてきた方向を見る。
 リクが、眉を上げて口を引き結んだ厳しい表情で歩いてくる。周囲にいた人はリクから離れていき、一筋の道が生まれた。
「リク君」
「コーイチさん、サラを守ってくれてありがとうございます。ユッキーとモモは少し遅れるんですけど……おじさん」
 言って、リクはライターらしき男に向き直った。
 リクは年長者や尊敬できる人に対して礼儀よく接する。いままでGBNで知り合った人たちに対してはほとんどがそうだった。
 だから、コーイチは初めてリクが相手に明らかな不快を抱いているのを見た。
 談笑や次のミッションのためにざわめいていた場が少しばかり静かになる。リクは黙ってサラの隣へ並んでいき、細く小さな手を包み込むようにつかんだ。
 サラはリクを見上げない。包まれている手に力を込める。リクと同じものを見て、立ち向かっていた。
 気負わずに、自然に、リクは言う。
「俺はサラが大好きです」
 サラも同じく可憐な声で続けた。
「私もリクがだいすきなの」
「どういう関係とかは決めたいなら自由に考えてください。ただ、サラを悪く書くようなら、俺は許しません」
「場合によっては運営に報告することも僕たちは考えています。GBNはネットでも話題になっているゲーム。リク君やサラちゃんを傷つける記事を書くつもりなら、そうします」
 コーイチの言葉がとどめになったのか、男は苦い顔をして人混みにまぎれていった。
 いままで遠巻きに眺めていた人たちもまた歩き出したり、ミッションの申し込みを始めるなどをしている。場はまた和やかないつものGBNに戻っていった。
 男が完全にいなくなったあと、リクは深いため息をつく。
「リク?」
 どうしたの、と尋ねるサラの肩へリクは腕を回していった。砕けそうなものに触れる繊細さを持ちながら強く抱きしめる。
「サラが無事で良かった」
 眉を下げながら、苦笑して言った。リクの表情を見てかサラはおそるおそる答える。
「あの、心配かけて。ごめんね」
「サラちゃんが悪いんじゃないよ。でも、気をつけようね。GBNはいい人もいるけれど、怖い人もいるから」
 コーイチが諭すとサラは素直に頷いた。
「うん。ありがとう」
 ようやくリアルでも生きられるようになったサラちゃんだけれど、まだまだ多くの点において発展途上中だ。善意には敏感だけれど悪意にはまだまだ鈍い。
 それにしても。
「リク君もよくみんなの前で大好きと言えたね」
「だって、俺がサラを大好きなのは本当のことですから」
 爽やかな笑顔で言われてしまうと苦笑しかできない。眩しいくらいに、リク君のサラちゃんへの愛情は一途だ。その「好き」という気持ちを側で見ていると、昔の自分が少しだけ顔をのぞかせてくる。
 リク君はいつまでためらいなく「大好き」だと言えるのかな。影が問いかけてきたが答えは出さずに意地の悪い自分を、コーイチはそっと隅に置いた。
 さっきの出来事などもうなかったことにして笑い合っているリク君とサラちゃん。
 この二人の好きが、ずっと、ずっと続いたらいいね。
 人知れずコーイチは願ってしまった。



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    こぎみかとリクサラを主に、世界を大切にしつつ愛し合うカップリングを推しています。

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