3.風の吹く場所(FGO/村カマ)

 シャドウボーダーの廊下をパールヴァティーが歩く。メデューサに誘われて、スイーツを食べるのは楽しかった。今日選ばれたスイーツは中身の種類豊かな点心で、餡子の甘さがまだ口に残っている。
 そのような理由で上機嫌でいると,珍しく俯きがちに歩いている千子村正を見かけた。普段は肩で風を切るようにしているというのに,今は何か考え事をしているのか,頭をたまに掻いている。通り過ぎられる前に声をかけた。
「村正さん? どうしたんですか,またおかしなものを味見させられました?」
「ああ,パールヴァティー。ちょうどいいところに」
 話したいことがあると言われ,他に人が通りがかった時に邪魔にならないために白い廊下の端に寄っていく。
 村正は普段どこにいるのか不明なまま,シャドウボーダーをふらついているが,最近はカーマと仲が良いというのかよく構っているという話も聞いている。あのカーマを相手に、と最初はびっくりした。それから納得する。
 どこかで出会った記憶はないけれど,どこか懐かしい気持ちにさせてくれる相手が村正だ。それは依代の少女の影響なのかもしれなかった。村正も,疑似サーヴァントだというのだから。
「それで,私がどうかしましたか?」
「いやな。カーマについて一番詳しいのはお前さんだってマスターが言うから。正直に聞くと,カーマがもらって喜びそうなものはあるか」
「ないです」
 即答できた。
 あの厄介を拗らせるに拗らせた相手は,全てを拒絶しながら全てを愛している。だから自分がマスター以外から好かれることを信じていないし,愛されても喜ばない。
 ああ,でも。この人なら別なのかもしれない。
 それはただの直感であるのかもしれないが、最近のカーマが村正に挙動不審でいるのも知っている。自分から誘惑を仕掛けて自滅したということも。
 周囲を見渡す。以前のカルデアに比べたら狭い場所で、誰がどこで聞いているかもわからない。油断しないように気をつけつつ、先の餡子の甘さを思い出しながら、パールヴァティーは優しく邪気のない笑顔を浮かべた。
「カーマがもらって喜びそうなものはないですけど、貴方からの贈り物でしたら、受け取ってくれるのではないでしょうか。例えば」
 ふむ、と村正は頷いた。
 この後に少しだけパールヴァティーと村正が顔を合わせる機会が増えるのは、別の話になる。

 そうして村正は厨房を借りてから、手土産を持ってマスターのマイルームに訪れた。カーマはよく第二再臨の姿でここにいる。
「マスター。カーマを借りるぞ。代わりに高杉のやつを置いておくから」
「この貸しは高くつくからな、千子村正」
 拗ねたように見せかけながら楽しそうに言う新顔を置いておき、マスターから「ありがとー」といった了解も得てから村正はごろごろしていたカーマを捕まえた。
「え、ちょ。なんですか! なんでいきなり村正さんなんですか!」
「最近、ここを逃げ場にしているのは知ってたんだぜ。今まで見逃してやってたんだからたまには儂に付き合え」
「つ、付き合うってーーー!?」
 先ほどから動揺されてばっかりだがここまでくると少し楽しくなる。顔を見ようとするとすぐに背けられるので、カーマを小脇に抱えたままずんずんと、外へ出た。
 世界は白い。残酷なほどに。本来は、青も赤も黄色も緑も広がる、色鮮やかな世界をマスターたちは取り戻したはずだった。その結果が白紙化で、今は帰るべき場所であるカルデアからも弾かれているという。
 辛さや悲しみがあるはずだと言うのに、その感情を素直に吐露できない。ただ歯を食いしばって前を向いて戦う強さは村正が剣を貸すに値した。
「で、なんですか」
「これ。団子でも食え」
 パールヴァティーに言われて、村正がカーマに渡そうと決めたのは団子だった。みたらしもだが、餡子つきを特に勧められたので二つ用意した。自分の分も加えている。
 目の前にある笹の葉に入れられた団子というものを、カーマはしばらく眺めていたが、気を取り戻すと頭を左右に振って言う。灼かれた純白が乱れる様は美しかった。
「い、いりません!」
「遠慮すんな。ちったぁ太れ。そっちの方が抱き心地もいい」
 そうしてカーマの横腹をふにぃとつまむ。薄いというのに存外、柔らかかった。もう一度、と手を伸ばすとはたかれる。
「私はサーヴァントなんですから、太らないんです!」
 声に涙と真剣さが滲んでいたのはどうしてだろうか。こんな細っこい体でも太るということを連想させると泣きたくなる、嫌な思い出でもあったのだろう。かわいそうに。
 それでも折角作った団子を食べられないのは勿体無いので、村正はカーマを膝に抱えてシャドウボーダーに座った。ばたばた、往生際悪く暴れるカーマを力で押さえ込む。上から包み込むようにしていると、やがて、抵抗していても無意味だと諦めたカーマは身を預けるようになった。寄りかかる軽さに微笑んでしまう。
 そうしてくれていたら、いい。
 いまだ膨れっ面のままのカーマの口の前に、みたらし団子を掲げる、黄金色のたれがとぉろりと光を浴びて眩しく光る。カーマは顔を赤くしたまま、小さく、小さく口を開いた。
 食べさせる。はくんと餅をちぎって、もにゅもにゅと咀嚼を続ける。小さな鳥に給餌する愛らしさがあった。もう一口、と食べさせたくなる。
「こんなの、私にしなくてもいいじゃないですか」
「前も言っただろ。儂はカーマがいい」
 理由なんてない。ただ視線が追っていく。そして、あのマスターだけではなくて自分のことまで手をかけようとしてくれたことが嬉しかった。
 カーマに求められることが嬉しいから、自分もその手首を掴んで引きずり込んで、強引に抱き締めてやりたい。ただ、それだけ。
「いまはカーマといたいんだよ、だから。こうやって抱きしめさせてくれ」
「それだけで、いいんですか?」
 小さな、何かを求めるような呟きが届く。だけれどそれは風にかすれて消えてしまった。
「ん?」
「いいですっ! 鈍感な村正さんには、こうしてあげるだけでも大サービスなんですから」
「ああ、そうさ。カーマを抱きしめられているだけで、十分さ」
 そうしてまた団子を掴み、今度は自分の口の中に運んでいく。見つめるカーマの視線が恨みがましそうだったから、団子は気に入ってもらえたかと思うことにした。
 甘やかしたいお前さんを、儂も甘やかすのが楽しいんだ。


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    こぎみかとリクサラを主に、世界を大切にしつつ愛し合うカップリングを推しています。

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