雪が深々と降り注いだ翌朝であっても、青い桜が絶えず揺れる本丸であるために、青桜という二つ名を付けられた本丸がある。
青桜の本丸には深い情で結ばれた刀が幾振りもあるのだが、その中でも小狐丸と三日月宗近の二振りは特に仲睦まじいと周囲に認められていた。生半可な興味でどちらかに手を出すと、双方からにこやかに牽制される。小狐丸は三日月宗近を、三日月宗近は小狐丸を瞳に映すことに忙しかった。第三振りが入る隙間は指先一つもない。
緩やかにすぎていく冬のとある日に、小狐丸は遠征へ出向くことになった。
三日月は本丸の転移装置のところまで出向き、いまから他の五振りの刀剣男士と共に江戸の地へ遠征する小狐丸を、心配げに見つめていた。初の出陣衣装である青い狩衣から手を伸ばし、小狐丸の頬に触れる。
「無事に帰ってくるんだぞ」
「ええ。必ず、三日月の下へ帰ってきます」
そうして抱きしめ合う二振りを遠征の隊長である日向正宗は苦笑しながら眺めていた。本丸の時間においては二時間三十分ほどしか待つことのない、わりと平和な任務であるというのに、まるで死地に赴くような睦み合い方をしている、としか言えないのだろう。
三日月はそのことに気付きながらも、自身の匂いをこすりつけるように小狐丸から離れない。
「ほら、三日月。日向がそろそろ出たいってさ」
加州清光は抱き締め合う二振りの後ろからぬっと現れると、襟をつかみ、小狐丸から三日月を引き離す。そうしてずるずると三日月を本丸の屋敷へ連れ戻していった。
しかし、小狐丸と三日月は切なげな視線を交わし合うことを最後まで止めなかった。周囲は「いい加減にしたら」と言いたかったに違いない。
三日月は加州によって、新選組の刀がよく集まる一室に放り込まれた。
加州は机の上に肘を置き、あぐらをかきながら呆れた様子で言う。
「ほんっと、小狐丸と仲良いよね」
「はて。そうだろうか」
「わざとなの? それとも本気でしているの? どちらにしろ、可愛いんだけど」
実年齢に合わない、いとけない仕草で小首を傾げる三日月に加州は忌憚のない意見を述べた。
三日月はさらに反対方向に首を傾げる。
「俺を可愛いなどと思うのは、小狐丸くらいだろう」
「そうだろうね。そうじゃないと、いろいろ危険だから」
三日月は自身を可愛いと思うことがどうして危険なのか気になったが、聞かないことにした。たとえ知ってもあまり実りはないだろう。
「まあ、加州。ここにいるということは、俺の小狐丸がいかに素晴らしいのかを聞いてくれるのだろう」
「いやだよ」
「小狐丸はな……」
「話し始めたよ」
それから、三日月の「いかに小狐丸が素晴らしく優しくて格好良いのか」という話は続いていった。
「小狐丸はな……あれ自身の言うとおり、野生なところがいい。戦いにおいては流麗に、そして華麗に舞い踊ってくれる。そばで見ているだけでも、もう見惚れてしまって、つい俺も敵の首を斬り落としてしまうほどだ。本丸で俺を抱き寄せる時も、目を合わせて強引にするものだから、何も言えない。あの赤い瞳に見つめられてそのまま食われてしまうのだな、と思うと痺れが走る。だが、動作は野生だというのに、作法は丁寧すぎる。紳士なんだな。俺を一枚ずつ剥いていって、丁寧にはくりと呑み込んでしまう。小狐丸に甘く噛まれている時の気持ちよさといったら、思い出すだけで欲情してしまいそうだ。それでな」
「もういいから」
加州はまだまだ続くであろう、三日月の惚気を強引に遮った。止められた三日月は不満げに唇を尖らせる。
「小狐丸は素敵だというのに……」
「その小狐丸の素晴らしさを聞いて、俺が小狐丸に惚れたらどうすんのさ」
三日月の顔が一瞬にして蒼白になった。かたかたと小さく震えだして、刀を顕現させるために意識を練る。
いくら加州といえども、小狐丸を盗られるのはいやだ。
「仲間に手を出すのは御法度だよー」
「加州が、俺の小狐丸に手を出すというから……」
「言ってない」
とりあえず、刀を出さないようにと加州に止められる。
三日月は大人しく利き手である右手側の袂を口元に合わせた。すん、と鼻を鳴らす。
加州がよき刀であることはわかっている。多少生意気なところはあるが、どの刀に対しても気遣いができるしかわいげもある。だからこそ、その魅力に小狐丸が揺らがないか不安になってしまった。
俺が小狐丸のことを言語を絶するほどに愛しているのは、彼の素晴らしい刀柄もある。だが、同じ三条の刀といった繋がりを超えて、ひたすらに慕わしいのだ。外見が好みすぎたというのもあり、立ち居振る舞いも性格も非の付け所がない。
だけれど、一番は魂に焦がれている。
小狐丸という存在全てが、三日月を狂わせてやまない。
そういったことを考えると、早く小狐丸に会いたかった。あの腕の中に飛び込んで抱きしめられたかった。
「……三日月、あのさ」
「なんだ」
「小狐丸は、あと二時間くらいで帰ってくるんだよ。わかってるよね」
「知ってるさ。逢えない時間が、こうして愛を育てるのだからな」
三日月の精一杯の強がりに加州は苦笑する。
それでもやっぱり、隣に小狐丸がいないのは寂しいんだ
58.逢えない時間
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