金木犀が冬になっても瑞々しく咲いているために、その本丸は金木犀の本丸と呼ばれるようになった。
景趣も移り変わり、小狐丸は内番衣装の上に半纏をはおるという、寒いのだったら素直に厚着をするように言いたくなる格好で、廊下から雪のちらつく庭を眺めていた。
「あ、小狐丸さーん」
小狐丸が声のした方向に振り向くと、極の出陣衣装の大和守安定がいた。
「大和守。どうかしましたか」
「特に用事は無いんだけど。その格好で寒くない?」
当然のことを突っ込まれたが、小狐丸は暑さ寒さの感覚について実を言うならばさほど、感じることがない。傍から見たらいまの格好が不細工であろうとも、小狐丸にしてみれば一応の対策はできているので問題ないのであった。
小狐丸は普段から浮かべているつとめての笑顔で大和守の心配に感謝の言葉を返す。大和守はまだ言いたそうな様子だったが、諦めたようだ。
「私としては、大和守の格好も心配になりますよ。そちらも薄着ではないですか」
「演練帰りだったから、気にならなかったけど。そうだね。お風呂にでも入って、ゆっくりしてくるよ」
「お気を付けて」
小狐丸が見送り終える前に、足を踏み出した大和守は立ち止まった。廊下の先では加州清光と一文字則宗が並んで歩いているところだった。
これは、あまり見たくのない光景だろう。
大和守の後ろ姿を見ただけで察してしまう。自身にしてみれば、三日月宗近が鶴丸国永や山姥切国広と歩くのを見たようなものだ。
加州清光と大和守安定はまだ本丸の歴史が浅い頃から顕現していて、いつも一緒にじゃれていた。しかし、一文字則宗が加わり、加州はその相手として構われることが増えた。結局、残されるのは大和守ただ一振りで、彼の孤独を気にしている堀川国広や長曽根虎徹といった新選組の刀がよく声をかけるようになった。
しかし、いま堀川は近侍で長曽根は畑当番だ。
小狐丸は大和守の肩を叩く。
「ねえ!」
「うわあ」
勢いよく振り向かれて、小狐丸はびっくりした。勢いを止めずに大和守は小狐丸に迫っていく。
「小狐丸さんにとって、一番愛している存在は?」
「三日月殿ですが」
主も敬愛しているが、一番は譲れない。譲ってしまったら折檻を受けてしまう。そうではなくとも、小狐丸にとっては三日月宗近が一番愛おしい刀だ。
わかりきった答えなのか、大和守は意気消沈している。
「僕を、一番愛してくれる存在は結局いないのかな」
「それはわかりませぬが、大和守にとって一番大切なのは」
「主」
「一番失いたくなかったのは」
「沖田くん」
「そして、いま一番一緒にいたいのは」
「……清光」
ぼそりと呟く声は寂しげで、小狐丸は思わず大和守の頭を短刀にするようにぽんぽんと撫でてしまった。
打刀の身で幼く扱われるのは腹立たしいのか、即座に振り払われる。
「やめてよ!」
「すみませんでした」
「でも、励ましてくれたのはありがとう。さっきのを見ると、やっぱりいつもへこむからさ。僕にとっての欠かせない存在は清光だけど、清光はもっと沢山の刀と関わっている。だから、いつか置いていかれないかって怖いんだ」
小狐丸も覚えのある悩みだった。
加州清光が始まりの一振り同士で結託していたり、一文字則宗にからかわれていたり、他の新選組の刀、それ以外の刀剣男士と楽しそうにしているのを大和守が眺めているように。
小狐丸も、三日月が多様な刀と関わりのあるのを見ているしかない時がある。想いは通じ合えども、すれ違うときは多々あるものだ。
愛しい存在が羽ばたく姿を知っているからこそ、安易な慰めも言うことができない。妬心、束縛、そういったものは自らで妥協できる範囲を見つけるしかないのだ。
相手の自由を奪わないように。自身の我儘を押しつけないように。
「大和守。私は傍から見ているだけの、貴方たちにとっては木みたいな存在ですが。一つ、言えることがあります」
「なにさ」
「迎えに来てもらえないのなら、迎えにいけばいいのです」
それが、小狐丸の常套手段だった。三日月がどこかで他の刀剣男士につかまっているのならば、さらりと会話に割り込んでいく。二振りだけにはさせず、自身も輪の中に入り、他の刀剣男士も呼び寄せて、最後は三日月をかっさらっていく。
話を聞き終えた大和守は苦笑していた。
「結構、強引なんだね」
「これでも狐ですから」
左手で狐の影絵を作り、こんと鳴く。
大和守は一度、大きく頷いてから歩き始めた。一文字則宗は手強い相手だが、清光を取り返しにいくのだろう。
短い旅路だが、成果があることを小狐丸は祈った。
大和守の背中が廊下の角を曲がって消えたところで、今度は背後から三日月が現れた。
「面倒見の良いことだな」
「はは」
兄である三日月の傍にいる間に磨かれたと言ったら、確実に怒られるだろう。
小狐丸は笑って誤魔化した。
「で、お主にとっての一番は俺のようだが」
「ええ。三日月殿にとってのいちばんが私ではなくとも、構わないくらいに」
想うだけで、慕わせてくれるだけで、そしてなにより伴侶として選んでくれただけで僥倖だ。
だから、小狐丸にとっては三日月が一番だけれども、三日月にとって小狐丸が一番ではなくとも、許すことができる。
大和守は求められることを求めたが、小狐丸は求めることを求めるのだ。
満たされた顔をしている小狐丸に対して、三日月の視線は厳しいものになる。背を少し伸ばすと、隠れている小狐丸の耳の近くで囁いた。
小狐丸の白い頬が赤くなる。
見つめ合う二振りが交わした言葉は秘密となって溶けていった。
51.一番好きな人
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