42.初恋

 赤い葡萄が秋になると一層色づく本丸である。そのために、その本丸は赤葡萄の本丸と呼ばれるようになった。
 赤葡萄の本丸の一室にて、短刀たちが主の元に集められた戦績の整理をしている。主導しているのは初の出陣姿の小狐丸で、引き継ぎも兼ねて補佐に回っているのは内番衣装の人間無骨になる。何もしてはいないが、小狐丸についてきて紙の束の行く末を見守っているのは初の衣装の三日月宗近だ。
 三日月は小狐丸の隣に乱が並び、戦績を廃棄するものと保存するものに分ける様子を見守りながら、こっそりと溜息を吐いた。
 いいなあ。
 短刀と太刀という元の大きさの違いもあってか、二振りが並ぶと可愛らしい身長差になる。さらに、乱は小狐丸に見下ろされるという特典が付いていた。三日月も普段は小狐丸に見下ろされるが、たまに座っている乱に小狐丸が膝をついて視線を合わせているのを見ると、妬いてしまう。
 昔は俺とあにさまもあれくらいはあったというのに。いまはこれほど遠い。
 最初は三日月も整頓に加わろうとしたが、即座に戦力外通告を出されてしまった。出陣では頼りにされる天下五剣であっても、事務仕事においては太刀打ちできないらしい。
 三日月が散らばった紙を一つにまとめて隅に置いていると、愛染国俊に声をかけられた。
「なあなあ、三日月のじいさん。これ見てくれよ」
「どれどれ」
 渡された紙に目を通すと、それは報告書と言うよりも物語だった。愛染がいかにして敵を討ち取ったか、大胆な文体で書かれている。
「これは?」
「主から言われててさ。自分の活躍は書いて残しておくといいって。そうすると、次もどう動いたらいいかの参考になるからさ」
 だから、愛染は自身が部隊に編入されたときにめざましい活躍を遂げたら、紙に記すようになったという。誇張されている箇所もないわけではないが、自身を鼓舞するのに大層役立つという。
 その話を微笑んで聞きながら、三日月は呑気に「すごいなあ」と言う。誇らしげな愛染だったが、厚藤四郎に呼ばれて場を離れた。
 残された三日月は愛染の記したという物語を読む。「物が語る故に、物語」とはよく言うが、実際に語っている様子は確かに面白い。
 一枚、二枚とめくっている間に三日月の脳裏にあることが閃いた。
 俺とあにさまの思い出も、物語として書き記したらよいのでは。
 書こうと思い立ったら、題材はいくらでも浮かんでくる。まだ自分の幼い頃、出逢った頃、それに本丸で再会をしてから過ごした、終わりのない蜜の月など、一度や二度で書き切れるとは思えない。
 三日月はこっそりと部屋から抜け出ると、浮き立つ心を抑えながら、自室に戻っていく。
 小狐丸と共用の文机の上に、三日月の筆と紙、そして墨を置いた。
 さて、何を書こうか。
 三日月はまず、近い記憶からと、昨夜のことを思い出していった。

 風呂上がりのあにさまの髪は常よりもふっくらとしていて、頬をすり寄せると心地が良い。ただし、その状態にするためには多大な時間がかかるため、俺はいつもあにさまと共に風呂に入っても、髪の手入れが終わるまで待つことになる。
 布団の上に丸まっていると、もう蝉の声はなくなり、秋の虫の涼やかな声が耳に届いていた。
 虫の鳴き声に耳を澄ませているとあにさまが帰ってくる。
 俺は起き上がり、黙って両腕を伸ばした。そうするとあにさまも声は上げないが、微笑んで抱きしめてくれる。
 風呂に入ることにより暖められた胸板に包まれ、鼓動を聞きながら、俺は今日あったことを話した。あにさまも耳を傾けてくれた。
 それからは、甘い時間だ。あにさまの唇が俺の耳に肌にと触れていき、そして布団の上で重なることになる。
 俺はこれらの時間が一等好きだ。

「うむ。上出来だ」
 初めて記したにしては様になっていると、三日月は満足する。
 これからも手の空いた時には、あにさまとの、小狐丸とのことを物語にしていこうと決めた。
 そうしたら、きっと、何度でも初めて恋をしたときのようなときめきを味わえる。
 物語ができあがったら、あにさまにも読んでもらおう。顔を赤く染め、溜息を吐かれるだろうが、小さな声で「悪くはない」と言ってくれるはずだ。
 そのときが楽しみだと、三日月は微笑んだ。




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    創ることが好きな人。
    こぎみかとリクサラを主に、世界を大切にしつつ愛し合うカップリングを推しています。

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