40.鎮魂歌

 夏の終わりの時期だというのに、黄色い藤が元気を保とうと健気に咲いている本丸がある。その本丸は黄藤の本丸と呼ばれていた。
 黄藤の本丸には珍しいものが一振りある。刀剣男士同士を掛け合わせたけれども刀剣男士ではない、不思議な命である。
 名前は宵という。
 宵は本丸の裏側にある広い庭で、仲の良い大慶直胤と鞠を放り投げあって遊んでいた。小さな宵は一メートルほど放り投げるだけで精一杯だが、大慶は取りこぼすことなく拾っては確実に宵の手が届くところに投げ返す。
 言葉は少ない。
 二振りの間に仲良くなるための言葉は不要だった。
 陽気な笑顔とぽやんとした無表情のまま、戯れる二振りのところに、また異なる刀が姿を見せる。
「宵」
 聞き慣れた声に名前を呼ばれた宵は鞠を抱えたまま手を止める。声の方向を見上げた。視線の先には宵の元になった、一振りである初の出陣衣装の三日月宗近がいる。
「遊んでもらっていたのか?」
「うん。たいとあそんでた」
「そうかそうか。ありがとうな、大慶直胤」
 三日月は美しいかんばせに微笑を浮かべて礼を言う。大慶は一瞬、目を見開いた後に首を横に振った。
「宵と遊ぶのは楽しいから、大丈夫、だいじょぶー!」
 好ましい反応を返された三日月は宵に手を差し向ける。
「そろそろ昼寝の時間だろう」
 宵は大慶に一度だけ視線を投げかける。二つの指を立てられたため、宵は頭を下げてから三日月の手を取った。
 大慶は宵が三日月と立ち去っていく様子を見送る。その際にぽつりと呟いた。
「あれはいつもの三日月宗近じゃないけれど、ま、悪い刀じゃなさそうだしー。いいよね!」
 小さな声は宵にも三日月にも届かなかったらしい。
 宵は三日月に手を引かれながら、歩く。廊下に上がったところで声をかけられた。
「小狐丸殿は元気か?」
「げんき。ととさまはかかさまと仲良しだけど。でも」
 三日月は言葉を急かすことはしない。
「ににさまは、さみしそう」
「そうか」
「うん。ににさまはいつも、さみしいをかくしてる」
 今度は三日月からの相槌は返ってこない。宵の手を引いたまま、三日月は視線をさまよわせている。慣れた本丸であるはずだというのに、足取りは重かった。
 そうして、宵とその父父である小狐丸と三日月の部屋に着いた。三日月は布団を敷いて、宵を寝かせようとする。
 とはいえど、宵はまだ眠くなどない。ただ、母に胸を叩かれる心地よさを知っているため、素直に布団に横になった。
 三日月は宵を不思議な色の瞳で眺める。宵もまた父譲りの赤い瞳で見つめ返す。
 二振りは、小さな声で小狐丸についての話をした。三日月が問いを投げかけて、宵が「ににさま」の小狐丸について話していく。
「最近は何を食べたんだ?」
「うり。白山がすき。だから、きつねのなかまのににさまも、白山といっしょに食べてる」
「浮気か?」
「ううん。ににさまは、だいすきな刀がいるから、ちがうって」
 宵の返答を聞いた三日月は頬を緩ませた。目を細めて、微かな声で「そうか」と呟く。
「ににさまに、会わないの?」
「会いたいなあ。でも、もう会ってはいけないんだ」
 寂しいと明白な声で三日月に言われて、宵は悲しい気持ちになった。
 宵にとって一番身近な存在であるととさまとかかさまは一緒にいられる。仲の良い番だ。けれど、ににさまと慕っている小狐丸の番はすでに遠いところにいってしまったと、宵も二度ほど聞かされていた。
 いま宵の胸を叩く三日月は、かかさまではなくににさまにとっての月なのだろうと言うことも、宵には察することができた。
 いなくなった人のために宵ができることを考えて、一つ閃いた。
 宵は三日月の袂を引っ張る。
「ねえ。お歌、うたう? ににさまをなぐさめるの」
 三日月は一度、虚を突かれた顔になったが、すぐにまた微笑んだ。
「そうだなあ。唄おうか」
 三日月はゆっくりとした声で歌を唄う。宵もまた、音を外しながらも、腹に力を込めて唄った。
 終わりを迎えたら、また初めから唄い直す。
 二振りだけの合唱を繰り返している間に、足音が聞こえた。静かだが重みのある音は宵にも聞き覚えがあった。
 障子が開かれる。
「どうしたんじゃ?」
「ににさま、かかさまじゃない、みかづき」
 宵が言って、指を三日月に向ける。
 小狐丸は反射で首を動かしたが、視界に入った三日月を確認して、言葉を失った。
 それは宵が初めて見るににさまの姿だった。
 三日月は微笑む。優雅に、少し寂しげに笑んでから、目を閉じた。
 布団にぱたりと倒れる。
 そうして、次に三日月が瞳を開けた時には、宵は大体のことを理解してしまった。ぺちりと三日月の額を叩いた後に言う。
「おかえりなさい、かかさま」
 宵の言葉を聞いて、小狐丸は見る者の胸を痛ませる笑みを口の端に刻んだ。宵の言葉だけで、先ほど見た月の存在を理解する。
 一瞬にも満たない、短い、邂逅だった。
 だけれど、戻ってきてくれただけでも僥倖だ。
 納得する二振りとは反対に、三日月は何もわかっていない。
 首をかしげていた。




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    こぎみかとリクサラを主に、世界を大切にしつつ愛し合うカップリングを推しています。

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