37.壊れた時計

 日曜日に愛用している腕時計が針を刻まなくなっていることに気付く。修理に出した後に、二、三日は直るまで時間が必要だと言われた。月曜日から試験があるため、仕方なく代用するための時計を買いにミカミ・リクは再び街に出た。
 その帰りに、ガンダムベースに寄る。
 自動ドアをくぐった先の筐体の近くにサラはいた。帽子を被り、ガンダムフリーダムのプラモデルをつかんでいる子どもの話を聞きながら、笑って頷いてる。
 ガンダムベースにサラが現れた当初は、その珍しさ故に人が絶えなかったものだが、現在のガンダムベースは休日にしては少し空いているといったものだ。いつの間にか、人は慣れてしまった。サラの存在を当然のものにしてしまった。
 ガンダムネクサスオンラインでの戦いすらも過去のものになってしまっている。ELダイバーたちの認知が進んだのは喜ばしいことなのだが、リクはふとした瞬間に、大切なことすらも日々の波に押し流されている気がすることが増えた。その大切なことの正体はまだ明確ではない。だけれど、そのまま漂流させても良いことではないのも理解している。
 子どもが去ってから、リクはサラに声をかけた。
 サラを肩に乗せて、プラモデルの作成スペースに移動させてから、ドリンクを取ってくる。閑散としたスペースを見渡しながら、サラに今日の出来事について話をした。
「リクにも直せないものがあるんだ」
「時計は手に負えないよ」
 いくらプラモデルを作ることに慣れていても、時計はまた別物だ。仕組みを知っていけば修理も可能なのかもしれないが、リクにそこまで時計に割けるリソースはなかった。
「コーイチやツカサも?」
「どうだろう」
 サラに「できないの?」と聞かれたら、プライドに障るのもあってか、案外二人とも取り組みそうな気がした。敬意を払える二人のビルダーは、作ることへの探究心がある。
 ただ、リクはサラに同じことを言われても「やってみよう」とはなれなかった。
 それからは他愛ない話をしていたのだが、いつの間にかそれは積もっていた。リクが知らないサラに起きた身の回りの出来事は多々あり、それはリクも同じだった。サラに話してもわからない部分は省略するのだが、それでも話し足りない。
「ごめん、最近は会いに来れなくて」
「ううん。リクはいま、たくさんお勉強しているんでしょう? リクががんばっているのなら、応援するよ」
 サラはそう言って、両腕を前に伸ばす。
 からん。
 左腕が外れた。
 リクはその光景を見た。見たというのに、動けなかった。
 片腕をなくしたサラだったが、何事もない様子で言う。
「リク、つけてもらっていい?」
「うん」
 未だぼやけた頭のまま、サラの落ちた左腕を取って、リクは丁寧にサラの肩をつかんだ。腕を、痛まないように時間をかけて、ゆっくりと差し入れる。
 何度か腕を回して、落ちないことを確かめられたサラはうん、と頷く。
「ありがとう」
 サラも壊れるんだ。
 今更ながら、気付いた。そしてそのことに傷ついた。
 サラには確かに生命があるのだけれど、体は今日壊れた時計と同じモノでしかない。いつかは壊れて、動かなくなってしまう。
 どれほどサラの心が「生きているよ」と叫んでいたとしても、気付けなくなってしまう。
 その時を、サラが壊れる一瞬を迎えたら、自分はどうするのか。どうなるのか。世界を敵に回してまで助けたかった子を、もう一度喪失するとしたら。
 失いたくない。
 傍にいたい。
 ずっと、愛していたい。
 だけど、最近の自分はそう願いながらも、怠っていた。サラは今日も元気に過ごしているだろうと思い込んで、会いに行くこともなく過ごしていた。
 リクは幼く、だけど一直線でいられた自分との乖離を強く感じた。遠くから、見つめられている。
『あれほど大層なことをしておいて、結局お前も、サラから手を離すんだな』
 熱を失った声が聞こえた。
「サラ」
「リク? どうしたの」
 純粋な心配に対して、何も答えられない。
 サラは永遠の少女だ。
 だけれど、いつかは壊れてしまう。動かなくなり、いま鼓膜を震わせた可憐な声も二度と聞くことができない。
 それは人間の死とどれほど違うんだ。
 リクは手を伸ばす。人差し指で、サラの小さく、モノだというのにそうとは感じられないほど、柔らかな肌に触れた。
 曖昧にしてはいけない。
 答えを出さなくてはならない。
 もう一度、サラを選ぶのか。それとも世界を選ぶのか。その決断がどれだけ愚かしくあろうとも、貫ける強さが現在の自分に残っていることを、リクは祈った。




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    こぎみかとリクサラを主に、世界を大切にしつつ愛し合うカップリングを推しています。

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