27.刈り取る者

 行動のための活力を青い果実に変換する。
 色彩を取り戻すために行うべき数々の手立てから逃れ、藤丸立香はこっそりと自身の中の建設的に使うべき活力を青銅の果実へと交換してもらった。その度に幼いダ・ヴィンチに柔らかく微笑まれて、胸が痛む。
 立香は足音を忍ばせながら、マイルームへ戻る。
 自分のための部屋には、珍しく天草四郎時貞がいた。
 上がりそうになった悲鳴をかろうじて呑み込みながら、どうしてここに天草がいるのかを考える。また聖杯が絡んだ出来事が起きているのか。疑問符を山のごとく浮かべながら、思い出した。
 そういえば、以前に「『モンテ・クリスト伯』の召喚の触媒になって!」と頼んだら快く応じてくれたのだった。
 気を取り直した立香はこっそりこっそりと、忍び足でベッドへ向かう。
「マスター」
 しかし、それを優しく見逃してくれる天草四郎時貞ではなかった。読書をしていたというのに、本を閉じて、爽やかに微笑みかけてくれる。
 立香は観念した。床に正座をする。
「はい」
「最近、彼女……カーマさんの機嫌がいいですよ。マスターがいい感じに堕落し始めた、とね」
 事実だが、言われた内容はこれ以上ないほど立香の胸を抉る一撃だった。
 立香は頭を抱えながらがたがたと震え出す。何度も「ごめんなさい」という言葉を繰り返した。
 温かな視線で立香を眺めていた天草は本を机の上に置くと、ゆっくりゆっくり立香に近づいて、肩にそっと手を置いた。耳元で囁く。
「ストームポッドはきちんとその日の間に消費する。強化クエストも終わらせます。けれども、アドバンスクエストや幕間の物語は溜め込んでいて。種火集めや宝物庫には以前ほど通っていないそうで」
「すみません、すみませんすみません」
 そのための活力を、青銅の果実の貯蔵に回すという現実逃避をしているのだから、謝る以外に反論のしようがなかった。
 この体たらくで人類最後のマスターなのか、とあらゆる仲間やサーヴァントに呆れられるのが恐ろしい。それでも、逃げたい理由が立香にはある。
「いま、プレゼントボックスの中にエクストラクエストの報酬ということでフォウくんが四百匹以上もいるんだよ!? ボックスを開けたら破裂する!」
「まだフォウさんを使用していないサーヴァントなんて沢山いるのですから、きちんと割り振ればいい話でしょう」
 全くもって正論を言われて、ぐうの音も出てこない。
 立香はマイルームだというのに、隅に移動すると、正座を止めて膝を抱えた。
 天草はその様子に呆れたのか、それとも憐憫を覚えたのか、黙って立ち上がる。部屋を出ていった。
 しゅん、と扉が閉まる音を聞きながら、立香は落ち込んでしまう。
 前まではやる気があった種火や素材、宝物庫の周回だけれども、最近は「それほどちまちま集めなくてもまあいいか」という心境になってしまった。一年に一度の稀な事態ではあるが、一億のクォンタム・ファンタズムなどをもらえる時もある。素材の稼ぎ時のレイド戦が起きるイベントもある。種火だって、いまは鍛えられるサーヴァントがいない。新しく召喚ができて、必要になった際に集めるようにすれば、プレゼントボックスも圧迫されない。素材だって、毎日配布される月を待てば良い。
 つまりは、種火や素材といった資材の収集効率の悪さに立香は疲れてしまった。
 そのことを伝えても、怠惰に陥る理由として、天草は理解などしてくれないだろう。清貧を尊ぶ、人類愛にあふれた人間嫌いは、贅沢に慣れた身を甘やかしてくれるサーヴァントではない。
 立香の目にある光景が浮かぶ。
 『いつかはドロップするのでしたら、それまでその青い林檎をかじって頑張れば良いではないですか』などと、天使の笑顔でスパルタ教育をする天草四郎時貞が、存在した。
 マイルームの相手を変えようか、高杉晋作でも選んではっちゃけようとしたところで、部屋に天草が戻ってきた。手には蓋をされたマグカップを持っている。
「はい。お疲れのマスターへ」
 そう言って置かれたのはミルクがたっぷりと注がれて、カフェオレに近くなったコーヒーだった。
 立香は首をかしげる。
「天草くん、紅茶派じゃなかった?」
「どこかの誰かさんが置いてくださったんですよ。わざわざ、ご丁寧に、粉の方を沢山」
「ああ」
 その誰かには、心当たりがあった。
 影だけを残して去っていった、かつての仲間たち。その中の大切な一人だ。
 エドモン・ダンテス。
 彼は藤丸立香を最後まで案じ、助け、そして去っていった。立香が色彩を取り戻す瞬間を見届けることを選ばず、人として存在させるために別れを告げた。
 そのことを、天草もまた理不尽に感じているはずだ。
 だというのに、立夏と天草はそのことをまだ話せていない。触れられない傷として目をそらし続けていた。
 立香が怠惰になり始めた理由に、エドモンを失った痛みはあまり関係がないのだが、天草は彼なりに遠回しの心配をしてくれていた。その気配りが傷にしみる。
 カップを立夏に手渡しながら、天草は噛んで含めるように言う。
「マスター。貴方がきちんと周回をするのでしたら、お帰りの際には甘いコーヒーを入れてあげますから。折角の気力を青銅の果実ばかりにして刈り取らずに、きちんとがんばってください」
「うん」
 立香は天草の淹れたコーヒーを手に取る。口に運ぶ。今回のコーヒーは酸味が少なく、苦みはミルクによって中和されているが、甘くはなかった。
 かつてのコーヒーほどの味ではないけれど、天草のいたわりが伝わる味だった。
 立香はコーヒーを飲み干すと立ち上がる。まだ、気力はそれなりに残っているはずだ。あと一回だけ、シミュレータを起動できるくらいの気力は。
「天草くん、約束は忘れないでね」
「はい」
 そうして立香は見送られる。
 残された天草は、一人独白した。
「貴方がいないから、私がお小言をいうことになってしまったんですからね」
 その声は立香には届かない。



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    こぎみかとリクサラを主に、世界を大切にしつつ愛し合うカップリングを推しています。

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