18.親友

 翠の蓮が冬の最中にあってさえ健気に水の中で咲いている本丸であるために、翠蓮本丸と呼ばれている。
 その本丸の三日月宗近は女体で顕現した。鍛刀の生まれであるがそうなった理由はどの刀も、審神者もわかっていない。受け入れられたことだけが事実だ。
 三日月は自身と同じ刀派の太刀である小狐丸をかなり、とても、大層、といった言葉が可愛くなるほど慕っていて、常に「あにさま」と舌足らずに呼んで寄り添う有様だった。小狐丸も妹になった三日月にはとんと甘くて、顔では困りながらもすぐに言うことを聞いてしまう。
 その日も、昼下がりに内番姿の小狐丸の膝で丸くなっている初の衣装の三日月が言うのだった。
「あにさまに親友はいるのか?」
 小狐丸は「またどこかでおかしなことを聞いてきたな」という顔になった。
 三日月といえば顔を輝かせて期待に染めている。
「いませんね」
「寂しいなあ」
 口ではそう言うが笑顔だった。
 小狐丸はさらに「またどこかでへんなことを聞いてきたな」と言う顔になる。
「そういう貴方には親友など。いるわけないですね」
「ははは、傷つくことを言わないでくれ」
 今度は「傷ついてなどいないくせに」の顔となる。
 そうして満面の笑みで三日月は言うのだった。
「俺があにさまの親友になれるぞ。なにせ三条の同じ太刀だ。これ以上、気心の知れた関係もないだろう」
 三日月の中で夢が膨らむ。いまはまだ隣立つことは叶わないが、最愛の小狐丸に愛情だけではなく親愛の目を持って見つめられて頼られる姿を幻視してしまう。そのころは自分も立派な極の太刀になっているだろう。
「いいです」
「ふふ、夫婦で親友か」
「いえ。ならなくていいです」
 きょっとん。
 そのような音が立ちそうなほど不思議そうに、三日月は重たげに睫毛がかかる目を見開いて、小狐丸を見つめた。視線の先の小狐丸は疲れた顔をしている。
「俺は」
「はい」
「あにさまの」
「はい」
「親友では」
「はい」
「ない」
「はい」
 場に落ちた静寂が広がって世界が塗り潰されるのをなんと例えれば良いのだろうか。深海の底か、碧空の果てか。宙の到達地か。
 何も言わない。言えない。先に笑い出すか、または冗談だとも言えればよかったのだが二振りは不幸にも本気だった。
 三日月は黙って部屋を出ていく。小狐丸が「三日月!」と鋭い声で呼ぶがいまは聞きたくない。
 しょんぼりのそのそと三日月が廊下を歩く。
 まさか、親友になることを拒まれるとは思わなかった。優しくて甘い兄だから「それは心浮き立つことですね」などと言ってくれると思ったというのに。
 大体あにさまなんて、自分以外の刀とは関わりが少なくて、時間があれば自分をかまいにきて、時間がない時もふらふらしていないか見張りに来るくらい溺愛してくれると言うのに親友にはなれないなんて非情ではないか。
 もっと頼られてみたいものだ。
「これはこれは三日月さま。こんにちはでございます」
 陽気な声が聞こえてきた。人のものではなく、狐のもの。鋭い視線を向けてしまうとびっくりさせてしまった。
 そこにいたのは鳴狐とお供の狐だ。極の出陣衣装が様になっている。
「大丈夫」
 以前よりはっきりとした発声で鳴狐に心配される。
 狐。小狐丸とも、特別な会話をする存在。そうして数少ない兄が敬語を崩した相手だ。
 三日月は両の脚で踏ん張った。
「問おう。お主は小狐丸の親友か」
 鳴狐は首を傾げる。三日月はその姿に、親友とはほど遠そうで少しばかり小狐丸に哀れみを覚えかけたが、先ほどの無下なやりとりを思い出してやめた。
 自分もかわいそうだ。
「同じ、狐だから近いものだけれど。距離感が違うね」
「あにさまには近寄りがたいものがあるか」
「鳴狐と小狐丸様は話はよくしていますぞ」
「そうか」
 お供の狐の相槌に三日月の声が低くなった。それにまたお供の狐は声を被せる。
「なにかありましたか?」
「小狐丸に俺たちは親友になれるか、と言ったら断られた」
「ははあ。夫婦で親友はお辛いですからな」
 その言葉を聞いた三日月の頭の頂点にある双葉がぴんと跳ねる。
「い、一期とはそんなことなかったのだがなあ」
 三日月はそわそわと袂を合わせながら、空を見上げて言う。小狐丸が見たらまた「わざとらしいことをしおって」という顔になる態度だ。
 しかし心優しい大人な鳴狐は仮面の裏で微笑むだけに留める。
「よかった」
「ふふ」
「三日月のことが好きでも、相談したい相手や、のろけたい相手がいて。それが親友になるんじゃないかな」
 珍しく饒舌に話す鳴狐の言葉はもっともだった。
 小狐丸は三日月に対して溶けたましまろのように甘いのだが、番が可愛いなど、矜持が邪魔をして本人に言うことができない時もあるはずなのだ。そういうときに必要とされる存在が親友だ。「私の三日月はこれほど可愛くて」と言って「なるほど」と頷いたりげんなりしたりする存在が、小狐丸にとっても親友になる。
 自分がその位置に立てないのは悔しいし、親友がいるのならば妬いてしまうが、三日月のことで悩む小狐丸は悪くない。
「うん。そうだな。鳴狐の言う通りだ」
 前のめりになって同意すればお供の狐が「そうですとも」と言う。
 三日月と鳴狐は仲良く廊下を反対方向に曲がっていった。小狐丸がいる自室に戻る。
「戻ったぞ」
「おかえりなさいませ」
 小狐丸はいつも通り迎えてくれた。何も気にしていない。それが強がりに思えて、三日月は小狐丸に後ろから抱きついた。
 黒い艶やかな髪を指で梳きながら小狐丸は言う。
「機嫌は直りましたか」
「べつに悪くなどなっていないぞ」
 こういう睦みあいは、親友ではない、夫婦でないとできないことだ。
 それが認められているのだからこのままでいいだろう。
 三日月は小狐丸の番だ。親友には、なれない。


    信用できる方のみにお願いします。
    • URLをコピーしました!
    • URLをコピーしました!

    Writer

    創ることが好きな人。
    こぎみかとリクサラを主に、世界を大切にしつつ愛し合うカップリングを推しています。

    目次