【サンプル】三日月宗近極感想小説

 甘い匂いが風に乗って届く金木犀の本丸にて。
 窓から見える稜線に赤が紫へと溶けていく夕方に、三日月宗近は極の修行を終えて帰還した。まだどの刀剣男士とも会っておらず、主とだけで話をする。
「無事に帰ってきてくれて嬉しいよ」
 純粋に喜ぶ主を見つめながら三日月は重い睫毛で瞳の月を隠した。
 金木犀の本丸の主と金木犀の本丸の三日月宗近の関係はいままで良好と言いがたかった。不和の原因は主に小狐丸を呼び寄せたことに端を発するが、金木犀の本丸で顕現した三日月は幼い頃に出会った神格の高い小狐丸のことを長らく忘れられずにいた。だから、主が三日月の慕った小狐丸と別解して、柔和な物腰の小狐丸を顕現させたことに、ひどく立腹していた。
 だけれど千年を遡った現在ならば、主の行いを理解できた。
 物が語る故に物語。
 そのあと、読む人の手に委ねられて必ずしも正確な語が伝わるとは限らない。歪曲されたことを嘆く物語も確かにあるだろうが、伝えられ、綻びを修復され、また新たな物語も誕生する。
 三日月は全てを受け入れることにした。
 自分の千年も、小狐丸の誕生も。
「主よ。いままですまなかったな。これからは俺もまた、主のために尽くそう」
「ありがたいけれど君の全てはもらえないよ。君は、僕をいさめられるくらいの君でいてもらいたいから。……小狐丸さんに会ってきなさい」
 三日月はゆっくりと頭を下げた。何も言わない。互いにこれ以上の言葉は必要なかった。誓い合った主従の距離ではなく、同じ未来を見据える協力者として歴史を守れるのならそれでいい。
 三日月は主の部屋を辞して小狐丸を求めた。階段を降りて廊下を歩く。昼であれば日差しの恩恵を受けてのんびりとする縁側に向かえば、いた。
 内番姿で洗濯物をたたんでいる小狐丸がいた。
「小狐丸殿!」
 声が勝手に弾んでしまう。それでも走らずに一歩ずつをかみしめて歩いていけば、顔を上げて破顔する小狐丸が洗濯物を脇にやって迎えてくれた。
「三日月殿、おかえりなさいませ」
 立ち上がって視線を合わせてくる。小狐丸は新しい姿となった三日月を、変わらぬ優しき赤い瞳で映してくれた。
 十歩ほど開けた距離を、互いに詰めていく。一歩、一歩、さらに一歩。
 飛び込めば抱きしめられる距離だ。腕を伸ばせば抱きしめられる距離だ。
 それでも、これ以上距離は縮ませないままで三日月は言いたかった思いを口にする。
「帰ってきたぞ」
 戻ったではない。
 帰って、きた。
 三日月は大侵寇の際に姿を消して、小狐丸に多大な不安と負担をかけてしまったが、ようやく収まる形で帰ることができた。
 それは、いままで惹かれながらもかつての兄である小狐丸の面影が忘れられずに、素直になれなかった弟にあたる小狐丸を受け入れる覚悟を決められたことでもあった。
 いまの三日月の心の中では、心中したいとまで思い詰めた小狐丸への反発はさっぱり消えていた。
 千年の道を辿り、人の心をようやく知られたのか、物も変わるという事実を受け止められるようになり、いまはただ小狐丸が壊れないでここにいてくれることが嬉しい。
 だから、言う。
「待たせてすまなかった」
 三日月宗近は小狐丸の全てを歓迎する。
「小狐丸殿。俺は、いま確かに伴侶としてお主を選ぶ」
 そこから先の言葉は無粋だから、ただ手を差し出した。黒い篭手に包まれて、素肌ではないのが惜しかったが、小狐丸の熱は感じられると確信していた。
 小狐丸はためらわずに三日月の手を取る。膝をついて恭しく冷たい篭手に額を触れさせた。夕陽の赤が、小狐丸の頬を染めていくが、それは陽によるだけのものかはわかりはしなかった。
「この時が来るのを、ずっと……お待ちしていました」
 震動する声は健気だ。
 数年ものあいだ、想いを寄せながらも決して押しつけることはしないで、小狐丸は三日月の隣にいてくれた。三日月が笑えば笑い、怒れば宥め、悲しいときには黙って背中を貸してくれた。
 ああ、なんて。
 愛おしい刀が傍らにいたのだろう。





    信用できる方のみにお願いします。
    • URLをコピーしました!
    • URLをコピーしました!

    Writer

    創ることが好きな人。
    こぎみかとリクサラを主に、世界を大切にしつつ愛し合うカップリングを推しています。

    目次