60.約束

 黄色い藤が一年、慎ましく揺れる本丸であるために、その本丸は黄藤の本丸と呼ばれている。
 黄藤の本丸ではよそではあまり見かけられないものがあった。いまも廊下をてこてこと歩く、短刀以上に小さな人の形を取った人ではないもの。されど、刀剣男士でもない。
 少年の名前は宵という。小狐丸と三日月宗近の鋼を掛けあわせて誕生した、模造の命だ。
 宵がいつものように、もう一振りの極に至った小狐丸のところへ遊びにいき、なにかしらの悪さを働いてくびねっこをつかまれてぶらんぶらんとされているのを、小狐丸は見つけてしまった。
「すみません」
 宵を受け取って、抱き上げながら小狐丸は自身と同じ姿の相手に低頭する。
「私は別にいいのじゃが。宵は、暇なのではないか? おぬしらの手が空いているのならば、裏の川にでも遊びにいくのがよかろうよ」
「宵、川に行きたいですか?」
 父である小狐丸に尋ねられると、宵は頭を左右に二度振ってから、頷いた。
 そうしてやれ、あとは知らんといわんばかりに小狐丸は去っていく。遠ざかる背中を見送った後に、小狐丸と三日月、宵は本丸の裏手にある川に来ていた。
 宵が河原で転ばないように、小狐丸が宵の後ろを歩くのを三日月は微笑んで見守っている。適当な平地に布を敷き、温かな茶と握り飯といった簡易な食事を用意して、午前の日差しを浴びていた。
 宵は適当な石を拾う。投げる。
 全く跳ばずに沈んでいった。
「ににさま、みずきりうまいのに」
「どれ、私もしてみよう」
 対抗心が芽生えたのか、父としてよいところを見せたいのかは不明だが。小狐丸が低く平たい石を跳ばす。三、四回ほど水の上を切っていった。
 宵は小さなもみじの手の平でぱちぱちと叩いた。
 その後は、小狐丸が宵の後ろに回り、水切りのコツを教えていく。なるべく平たくて鋭い石を選び、宵の手に持たせて、その手を後ろからつかんで放り投げる。
 一回だけ、ぴちょりと跳ねた。
 相変わらず笑わない宵だが、かがんだ小狐丸と何度も手を打ち合わせている。三日月はあまり見たことのない、宵と小狐丸の交流だ。
 そういえば、とふと気付く。
 自身はあまり出陣に駆り出されることはないのだが、小狐丸は宵に構う間がないほどに最近は出陣を命じられている。先に、極に至った小狐丸がいるというのに。
 穏やかではあるのだが、あまり話をしたことのない主のことを考えると、胸がざわめいた。なにか、良からぬことを企てているとしたらどうするべきか。
 そもそも、番ではあったが、鋼で生まれた自分たちに「子が欲しいですか?」などと問いかけてくる時点で主は異常だ。とはいえど、そこで誘惑に耐えきれず罪を犯してしまった自分たちが何を言えるものでもない。
 目の前で、石を選ぶ宵を見つめる。三日月の視線に気付くと、小さな手を懸命に振ってくる。
 紛れもなく愛しいのだ。
 許されざるこの命が。
 宵は立ち上がると、三日月の下までとてとてと歩いてくる。そうして、膝に滑り込むと言った。
「ごはん、たべる」
「ああ。そうだな」
 小狐丸も戻ってくるので、持参してきた食事を食べることにした。
 うっすらと汚れた宵の手を濡らした布で拭くと、手に小さな握り飯を持たせる。あむりとかじりつくと、目を強く閉じて舌を出した。
「すっぱい」
「梅だものなあ」
 三日月が自身の手の中にある握り飯をかじると、ほのかな塩味がした。昆布のようだ。
 宵は口を進める度に目を閉じながらも握り飯を食べていく。苦手とはいえ、残したり食べてもらうという発想はないようだ。
 全ての梅の握り飯を食べ終えたときには、頭を撫でてやった。
 小狐丸はたくあんをかじっている。宵の口にも投げると、意外と気に入ったようだ。もう一枚、と小狐丸にねだっている。
 降り注ぐ日差しはまだ暖かく、宵はごろりと横になった。小狐丸も腕を組んで臥し、三日月は座ったまま転がる二振りを見下ろしている。
 言葉はない。
 だけれど、この時間が一瞬でも長く続けばよいと願った。
 宵と、小狐丸と、自分の三振りで時を重ねていきたい。できるのならば、人の子のように思い出を作りたい。
 春の桜、夏の花火、秋の紅葉、冬の雪景色。
 打たれた意味を間違えたと思うほどに、自身が望むものは戦乱ではなかった。
 大切な存在達との平穏だった。
「宵、もし出かけられるのなら、どこへ行きたい?」
 三日月が尋ねる。狭い籠の中でしか過ごしたことのない宵は、まだ外を知らない。もし出られるとしたら、どこを望むだろう。
 宵は起き上がると、また頭を二三回振りながら、空を見上げた。
「おはかまいり」
 どこか遠くで、鳥が鳴いた。
 小狐丸も、三日月も何も言えない。笑みを消して宵を見つめ続ける。
「だれの、墓ですか」
 低く小狐丸が尋ねるが、宵はいつものように無垢なまま首をかしげる。言葉の続きはなかった。
 三日月は宵を抱きしめる。小狐丸も、さらに覆い被さってくる。
 宵はただ不思議そうに二親を見上げていた。




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    こぎみかとリクサラを主に、世界を大切にしつつ愛し合うカップリングを推しています。

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