景趣も雪積もる冬に切り替わる頃、その本丸の赤葡萄にもずしりと白雪がのしかかるようになっていた。
夏の茹でるような暑さから、穏やかな涼やかさを持つ秋に変わり、いまは芯から冷える冬であっても、三日月宗近の隣はいつだって温かなままだ。
最愛の兄が常に傍らにいてくれる。それだけで、厳寒の冬を何度だって越えられる自身があった。兄がいないのならば、早々に布団にくるまったまま動かないだろうが。
夜中の三時を越えたこの時であっても、覚醒した三日月は寒さを感じることはなかった。薄暗い闇の中では太刀の目には映るものは殆どないが、間近にある兄の、小狐丸の寝顔はうっすらと見られた。
普段は三日月よりも遅く眠って、早く起きるために寝顔を見られることは滅多にない。だから、長い白い睫毛が影を落とす瞼の白さに、三日月は胸を淡くときめかせた。近くにある、散らばった白い髪をもふりとする。ふんわりと雛菊の甘い匂いが鼻孔をくすぐって、三日月はますます身悶える。
とはいっても、三日月の腰を小狐丸はがっしりとつかんで寝入っているため、三日月が自由にできるのは自身の上半身くらいだ。寒がりなのは三日月なのだが、小狐丸は冬になると三日月を湯たんぽ代わりにする。「反対に熱を取られていないのかい?」と石切丸が不思議そうにしていたものだ。
小狐丸のたくましい胸板に顔を埋めながら、三日月は微笑む。心地の良い束縛はとろとろと三日月の矜持も警戒心も溶かしていって、小狐丸に全て委ねたくなってしまう。
「あにさま」
煮詰めたからめるの声で密かに、とても密かに呼びかける。口の中に転がる四文字のなんて甘やかなことか。
「ん?」
小狐丸からいらえが返ってきた。三日月は目を見開く。
「どうした?」
眠そうな、ゆったりとした声で小狐丸は三日月の後頭部を撫でる。常ならば優雅に細められている紅い瞳は歪められていて、完全に覚醒していないことは伝わってきた。
三日月は何も答えない。ただ、見上げた。首筋に受ける眠たげな愛撫によって甘い痺れが走り、はしたなく熱を持った吐息をこぼしてしまう。
「あにさま」
「んん?」
寝ぼけた声も、普段の腹から発せられる気合いの入った声とは比べものにならないほど柔らかくて、三日月の中にあるのか不明であった、保護心といったものがくすぐられる。
眠たげなあにさまがこれほど隙だらけであるなど、全く知らなかった。他の刀剣男士や主がこのことを知ったら、確実に記憶を抹消している。
俺だけが独り占めしたい。
小狐丸は三日月が内心ではせわしなく心をときめかせているのを知らないまま、また目を閉じた。眠りの世界に戻るらしい。
「あにさま」
だが、小狐丸はまた起きた。
先ほどよりもはっきりとした声で言う。
「なんじゃ」
「いや。あにさまの声が、とても愛らしくてな」
三日月は小狐丸の声がこぼれる場所へ自身の唇を寄せた。厚い唇と重なり合う。
いつもならば、その後に濃厚な絡みを仕掛けてくる小狐丸はされるがままだ。三日月は吸い、舐めて、離れる。
このままあにさまの声を腹に落としてしまえたらよいのに。
きっと、金平糖よりも甘美だ。
50.声を聞かせて
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