21.病

 冬の終わりにも青い桜が咲き誇りながら、同時に風に散らされていく本丸であるために、その本丸は青桜の本丸と呼ばれている。
 青桜の本丸に顕現した小狐丸と三日月宗近は、いまは新しく政府が催している「ちよこ大作戦」という奇妙な行事に参加しながらも、いつも通りに過ごしていた。「ちよこ大作戦」は必要とされる刀種や刀装が戦場によって異なるため、秘宝の里や江戸城、連隊戦のように同じ部隊が駆り出されるわけではない。そのため主は編成に毎回手間取っているとは聞いていた。
 とはいえど呼ばれたときに参戦する以外に、小狐丸と三日月にできることはない。いまも極の出陣衣装のまま二振りの自室で待機している。縁側に座る小狐丸の隣に三日月は腰を下ろして茶の入った湯呑みを手にしていた。
「ちよこは沢山もらえるものが、強いとこんのすけが言っていた。そう主は口にしていたな」
 どこからか現れる政府直轄のどことなく怪しい狐の名前を出すと小狐丸は相槌を打ってくれた。
「そうですね。まあ、私はその点につきましては弱い刀であってもかまわないのですが」
「どうしてだ?」
 常々、向上心や強さへのこだわりを見せることなく、淡々と任務をこなす本丸一の練度を誇る太刀である小狐丸の発言は意外なものだった。純粋な疑問を当てると小狐丸は微笑む。三日月がたまらなく愛おしいときに見せる、恥じらいを含んだ微笑だ。
 小狐丸は三日月に手を伸ばす。左頬の飾りを揺らしながら言う。
「私には、たった一つあればよいのです」
 それだけで何が言いたいのかはすぐにわかった。
 三日月は熱い手のひらに頬を任せながら、うっとりとした口調で話す。
「俺は、贈り物も上手くないぞ。それでも受け取ってくれるのか?」
「三日月が贈ってくださるもので不要なものなど」
 ちよこも容易に溶ける甘ったるいやりとりを繰り返しながら二人はすり寄る。頬を、肩を、すりすりと触れあわせる。
 その感触と熱に酔いながらも、どこか醒めている自分を三日月は自覚していた。
 小狐丸はいつも優しい。自分を優先し、わがままも苦悩も包み隠してくれる。目を覆って「大丈夫ですよ」とささやきかけながら、辛い現実から庇ってくれている。
 それが嬉しくて、愛されていると実感すると同時に。
「あのな、小狐丸」
「はい」
 柔らかな笑顔は変わることなく、三日月しか見えていないと告げてくれる。
「ちよことやらは、薬効もあるのだろう」
「栄養価は高いらしいですね。与えすぎると三日月もふっくらとしてしまうので気をつけないといけません」
「む」
 そういうことが言いたいのではない。
 三日月がむくれても、晴天の下で桜はまだはらはらと青い花弁を舞わせている。気を取り直して三日月は続けた。
「ではなくて。俺に、お主からのちよこは薬より毒になる。もっと強い病にかかってしまうのだから、渡しづらいしもらいにくい」
「それは困りましたね」
「ああ」
 本丸にある刀たちは、今回の行事でちよこについての知識を得ると、親しい刀同士で渡したり、もらったりしている。その輪の中に二振りは入れない。
 三日月は小狐丸に恋をしている。ちよこなどもらってしまったら、その想いはさらに膨れ上がってしまうだろう。
 閉じ込めたい。閉じ込められたい。二振りだけの世界で箱を閉じることができてしまったら。そう考えてしまう三日月がいる。
 だけれど小狐丸にそんな考えはないのだろう。病質なほど恋をしている三日月がおかしいだけだ。
「小狐丸はずるい」
「そうでしょうか」
「俺だけが、お主への病にかかってしまっている」
「それはないですよ。私も三日月と、同じ重篤な病に罹ってしまっています」
 その言葉を信じられたらよいのに。
 同じ狂おしさを抱いてくれたらよいのに。
 三日月は手甲に覆われた手で拳を作る。小狐丸の冷静さがもどかしかった。
「もしくはいっそ」
「三日月?」
 その後に場を支配するのは、痛み。
 小狐丸はそれを拒絶することなく受け容れた。


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    創ることが好きな人。
    こぎみかとリクサラを主に、世界を大切にしつつ愛し合うカップリングを推しています。

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