朝と夜の狭間。
そこは青にも紫にも、生にも死にも偏らない。生まれる前に死んでいる青年、イヴェール・ローランの住む冬の城がそびえる場所だ。
城へ訪れることのできる客は指を折って数えられるほどしかいない。例として挙げるのならば、人は良さそうだがどこか怪しい賢者。他には偶然迷いこんだロックシンガーが最近では目立っている。
そういったことが数少ない冬の城の一時滞在者であることを許されているローランサンは気に入らなかった。
だからつい言ってしまう。
「解せぬ」
「げせぬ?」
ローランサンの呟きにイヴェールは同じ言葉を違う発音でつたなく返した。
城のバルコニーから移り変わる空を一緒に眺めていたローランサンとイヴェールだが、ここまで互いに口を開かなかった。常ならばイヴェールが「これまで辿ってきたロマンを聞きたい」とローランサンにねだる。しかしいまのローランサンの心境は複雑な紡ぎ方により編まれていて、難しい顔になっていた。ぼんやりとしているが聡いイヴェールを遠慮させるには十分なほどに。
そのことにようやく気付いたローランサンは、自分の鋏だけでは切り落とせない、持て余している糸について話すことにする。
手すりをつかむ腕を伸ばして背筋を反らせながら、イヴェールの顔を見た。
「ちょっと前になるけどさ。イヴェールは、双子の人形しか友達がいないから取られるとすごい辛いみたいなこと言ってたじゃないか」
「ああ、うん。実際に寂しいよ。一人でロマンを待ち続けているのは」
「それは分かるけど。俺が聞きたいのは、ローランサンはイヴェールの友達じゃないってこと?」
「友達だけど。友達じゃない」
なんとも解釈に溢れた返事だった。ローランサンの胸にぐっさりと大きな矢が刺さり、その痛みは結構なもので手すりによりかかり、うなだれてしまう。それでも長くはないが跳ねっぱなしの銀褐色の髪が動きに合わせて風に揺らされることはない。ここは風すらも吹かない冬の城だ。
ローランサンが冬の城へ来られるのは、命を狂わせる宝石を盗み出す盗賊のロマンによって、イヴェールと浅からぬ繋がりを結んだことによって。またローランサンは、第五の地平線においていくつも影をよぎらせる、特殊な役割を担わされていた。
他の地平線にも存在をほのめかすローランサンという存在だが、第五の地平線においてはイヴェールの友人として、焔を終えたあと、次のロマンへ向かう前に朝と夜の狭間を訪れられるようになっていた。朝と夜の狭間にいるときだけ、ローランサンは自分の関わった全てのロマンを覚えていられるが、生まれると全て忘れてしまう。
だからだろうか。
イヴェールが友達とするローランサンは盗賊であったり、いまここにいる自分という限定されたものだから「友達であって友達じゃない」という発言に繋がるのだろうか。
直接切り込むと頷かれた。
「そう。ローランサンは双子みたいに、ずっとここにいてくれないもの。僕を、一人にするから。生まれてくる朝と死んでいく夜を抱えているから。僕とは、違う。イヴェールの友達だけど、イヴェール・ローランの友達ではない」
イヴェールとローランサン。二人の友達に対する解釈の違いはいまは大きな齟齬の河となって横たわっている。
ローランサンは生まれて焔になる権利がある。だから、イヴェールに話すことのできないロマンも経験しているのだが、それらはヴィオレットによりきちんと報告されてしまった。
自分が生まれてくるロマンを待っているイヴェールにしてみれば、たとえ辛くとも生まれてくることは確定しているローランサンは羨望と嫉妬と、切なさの対象になる。それを隠しきれない自分の狭量さも含めて、友達になれないと言っていた。
自分の思いを伝えるためにどの言葉を選べば良いのかは不明だ。
それでも、ローランサンは言う。
「俺は、お前がここに閉じ込められる前から。盗賊稼ぎで暮らしていたときから、お前はずっと友達だと信じているんだけどな」
あえて気取らないローランサンの言葉が伝わったのかは定かではない。ただ、イヴェールはわずかな微笑を見せる。そして尻尾のように長い銀の髪を落とす。
「楽しいこと、いっぱいしたものね」
「ああ」
「悪いことも、いっぱいしたね」
「ああ」
それを後悔しているのだとしたら申し訳なかった。いまの、生まれてくる前に死んでいるイヴェールは純粋すぎる。かつて馬鹿をやりながら笑い合えた、清濁併せ呑んでいられた彼はもういない。
前にオルタンシアから少しだけ聞いたことがある。彼は彼の妹の幻想なのか、それとも彼は実在したのか。不明だからこそ、イヴェール・ローランはこの冬の城に閉じ込められた。冬の城が座するのは左には青、右には紫と移り変わる空が大半を占めるさみしい世界。雪すら降らず辛さを覆い隠してくれないというのに、真実は双子が収集して溢れるロマンのどこか一つに隠されている。
だからイヴェールは動けない。
できるならば自分の焔で冬を終わらせられたら良いと願うのに、ローランサンもまた、宝石の呪縛かこれまでの行いか、ついていないロマンに囚われている。
どうしようもないところで行き詰っていると、イヴェールが顔を上げた。寒さは感じていないのだろうが、シンボルともいえる毛皮に彩られた茶色いコートを通した左腕を、空に伸ばす。
生者の吐息は口からこぼれないまま、話す。
「僕はまたローランサンと楽しいことができるのかな。一緒にいられるのかな」
「いつかはな。ヴィオレットもオルタンシアもお前のためのロマンを探してくれている。いつかはまた、そこで俺と巡り会える。だから」
目線を合わせると色違いの瞳。かつての彼も密かに気にしていた、青と赤の瞳。だけど、どれだけ汚れ仕事をこなそうとも両の瞳が澱むことは無かった。
ローランサンはその瞳の色が好きだ。いまもまた、太陽の下で輝く二つの宝石を見たいという願いを胸に秘めて、イヴェールに笑いかける。
「また、一緒に遊ぼうぜ」
「うん」
思っていたよりも元気な返事を聞けたので先ほどまでの拗ねた気持ちも遠くに飛び去っていく。
ここからはまた、ローランサンはいつものやりとりをイヴェールと繰り返した。記憶をすりあわせるように、歪な部分もありながら、それでも言葉を重ねていく。
いつかまたローランサンは廻り、イヴェールは一人で待つ時が来る。
そのことを分かっていてもいまは隣にいたかった。
冬の城のさみしい主
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