35.連鎖

 望まないものをこの手に抱えないと、自分は決めているというのに。
 極の出陣衣装をまとった堀川国広は溜息を吐く。
 面倒見が良いという己の性分は嫌いではないのだが、我に返ると「どうしてこんなことまでしているのだろう」ともなってしまう。
 例えば、主の出したきりしまいもしない本を片付けている時であったり、長曽根虎徹と蜂須賀虎徹の仲介をしている時であったり、他にも数え上げるときりがない。
 金木犀の本丸の近侍として、堀川国広は大いに頼られている。同時に何かあると厄介事を引き受けてくれる相手とも見なされている。それはそれで構わないのだが、業務過多になってくると、つい相手に微笑みかけてしまう。
 自分でやりましょうね、と。
 その微笑みだけで引き下がってくれる刀剣男士が相手であればまだ良いのだが、今回の相手は違った。
 手を差し出す。恐る恐るといった様子で、ちょんと触れてくる。
 可愛いと言えなくもないその動きを見ながら、国広はまた溜息を吐いた。
 望まないものは切って捨ててきたからいまがあるというのに。
 国広は立ち上がる。そうすると、小さな声で不平が上がったので、頭を軽く撫でてから背を向けた。
 廊下に上がっても、まだ、声は聞こえる。
 声の主のことは気にかかるのだが、本丸の近侍である国広にはやることが数多くある。鍛刀の結果を確認して、残酷なことだが刀解する刀を決めなくてはならない。その後は内番を任されたばかりの石田正宗の様子を見にいって、と指を広げながらすることを数えていた。
 薬指を立てたあたりだ。
「国広?」
 ああ、どうしてこの人の気配に気付かなかったのか。己の索敵範囲の甘さを悔いる。
 国広はいつもの無邪気な笑みを浮かべて、振り返った。内心の動揺は決して悟らせない。
「お帰りなさい! 兼さん!」
「おう。いま帰ってきたんだが。お前、妙に疲れてねえか?」
「そんなこと、ないよ」
 声が中途半端に裏返ってしまう。それがきっかけとなり、極の出陣姿の和泉守兼定の疑惑は決定的なものとなったようだ。
「俺にまで強がるんじゃねえよ。ほら、することあんなら手伝ってやっから」
「兼さんに任せると後が大変じゃない」
 つい本音が出てしまった。
 顕現したての箱入りだった頃とは違い、洗濯に掃除にと兼定もできることは増えてきている。けれども、手際がざっくばらんなのか、詰めが甘いのか、国広の厳しい確認を一人で通過することはいまだできていない。手伝ってもらうのはありがたいが、一振りで任せると二度手間になる、というのが正直なところだ。
 国広の言い分に兼定は唇を尖らせた。不満だと告げてくる。
 そうして、傍にいてくれるだけでも国広の精神的負荷は大幅に緩和されるため、何もしなくてよい。ただ、隣にいてもらいたかった。
 折衷案として、せめて本丸を共に見て回るように頼もうとした、一瞬のことだ。
 兼定の視線は斜め下を向いている。その視線を追うと、ちょこんと足を付けて座っている子猫がいた。
「みあ」
 甘えた声で鳴いてくる。
 国広の顔は青くなった。
「ん? 猫か、これ。可愛いじゃねーか」
 兼定は気にせずに子猫を持ち上げた。猫は高くなった視界に興奮したのか、兼定の頬に肉球を押し付けている。
 なんて羨ましい。
「どこから来たんだろーな。それとも、誰かの猫か?」
「僕が見つけたんだよ」
「へ? 国広が?」
 話をややこしくさせないために、説明することにした。
 ある日、洗濯していた国広のマフラーが風に飛ばされた。その先を追っていったら、この猫が爪を引っかけて遊んでいたという。それ以来、国広は密かに子猫の面倒を見ていた。
「僕にとって大切なのは兼さんのお世話をすることであって、猫の世話をするのはまた別のことなんだけどね」
「いや、そこまで俺の面倒なんて見なくていいぜ」
「僕の生存価値を奪う気なの!?」
「国広、やっぱり疲れてんだろ!?」
 怒鳴り合っていると、からりと国広の背にある障子が動いた。
 三日月宗近と、小狐丸が顔を覗かせている。
「どうかしましたか?」
 部屋の前で騒がれて気になったのだろうが、そういった感情を表に出さずに、小狐丸はにこやかに尋ねてくる。
「いや。この猫をどうしたものかと」
 兼定の頭の上にまでよじ登った子猫は呑気にみゃあ、と鳴く。その後に身軽な様子で兼定の頭から飛び降りると、三日月の蒼い狩衣に爪を立てた。
 金木犀の本丸でも、恐ろしいほどに気位の高い三日月に無礼を働いている子猫に、国広は肝を冷やした。
 だが、三日月は子猫を持ち上げると膝の上に置く。子猫を見つめる横顔は穏やかだ。微笑すら浮かべている。
「堀川国広」
「はい」
「手間がかかるというのなら、この子猫は俺たちがもらってもいいか?」
「ぜひ」
 そうかそうか、と三日月は子猫の額をこりこりと撫でる。その様子を小狐丸が眺めていたが、子猫と三日月のどちらを羨望しているのかは不明なままだ。
 結果として、懐こい子猫は三日月が短刀たちにも見せたために、金木犀本丸全体の共有財産となった。
 いまは餌をもらいすぎないように燭台切光忠と太鼓鐘貞宗に見張られながら、呑気に毎日を過ごしている。

 ある日、腹を出して廊下で寝ている子猫を見かけた兼定が国広に尋ねる。
「これでよかったのか?」
 国広は今日もするべきことを数えながら、こなしながら、兼定が隣にいる幸福を噛みしめつつ、頷いた。
 子猫も愛らしくはあったが、自分の手の中にあるものは唯一と決めている。他の存在にまで手を伸ばしたら、持ちきれずに、連鎖して崩れていってしまう。
 だから。
「兼さんがいいのなら、僕はそれでいいんだよ」
 納得している国広とは反対に、兼定はずれたものを見る表情を浮かべていた。


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    創ることが好きな人。
    こぎみかとリクサラを主に、世界を大切にしつつ愛し合うカップリングを推しています。

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