34.禁断

 赤い葡萄が夏になっても実って揺れる本丸であるためか、その本丸は赤葡萄の本丸と呼ばれている。
 小狐丸と三日月宗位は異去への出陣という、本日のするべきことを終えた。
 極の戦装束から、初の衣装へと着替える。その後は二振りの自室でのんびりとして、現在に至る。
 昼間であるが、障子越しに入る光だけでは薄暗いために蝋燭によって明かりを灯していた。香を練っている蝋燭であるためか、わずかに甘い匂いが漂っている。三日月に膝を預けながら、小狐丸は本を読んでいた。たまに、手遊びに青紺の髪に指を絡める。
「平和だなあ」
 戦乱のための武器として、顕現したには不似合いの穏やかさを享受している。三日月の言うこともよくわかった。
「そうじゃな。お主が何もしていないときは、大層平和になる」
 三日月は黙って小狐丸の服にしがみついて抗議を行う。普段は「俺はじじいだからなあ」などと口にしていても、自身の前ではいつでも幼くなる弟の愛らしさに小狐丸は笑ってしまった。
「ここのお主は大人しいが。本丸によっては何やら問題ばかり起こしているようではないか」
「だとしても、俺ではない」
「するな」
 意識はしていないのだが、言葉の調子は厳しいものになってしまった。
 数年前に起きた卯月の大騒乱における、強引な一人きりでの侵攻への介入。また、他の本丸の三日月宗近が行ったとされる無謀、そしてその結果を観てきた小狐丸は特殊な運命の糸によって編まれてしまった弟を自身の膝元へ引き留めずにはいられない。
 たとえ、無力であろうとも。
 三日月宗近という存在は、するべき時が来たら何も省みずに、ひたむきに進んでしまう強さを持っていると理解していても。
 小狐丸は手にしていた本を畳の上に置いて、言う。
「禁断に手をかけることはするでない」
 口吻とは反対に手は優しく三日月の頬を撫でる。心地よさそうに目を細めながら、三日月は楽しそうに口にする。
「禁断ならば、とうに侵している。あにさまと俺は、兄弟だというのに。番だ」
「それはそれでいいんじゃ」
 痛いところを突かれはしたが、それに言い負かされるほど弱くはない。だが、苦しい言い訳であったことに変わりはなく、三日月はくすくすと笑っている。
 小狐丸は空いている手を強く握る。
 欲しかったのだ。どうしても、欲しかったのだ。弟という名の同じ刀匠の元に打たれ落ちた、この存在が。
 人の世においては禁断の線を越える行為だとしても、小狐丸は三日月宗近を求めてやまない。自身が三条宗近を幻想において強化したのならば、三日月宗近は現実において三条宗近を証明してきた。互いに対となり、表裏となって存在している。
 小狐丸の欠けたる部分を埋めるのは、三日月宗近しかいない。当然、その逆もしかりだ。
 眠りに就きそうな甘ったるい薫りが満ちる部屋の中で、小狐丸は抑えつけども狂おしく咲く恋情をいかに落ち着かせるか、思い悩んでいた。常に煩悶させられる。
 三日月はどれだけ結いの目に縛られているとしても、心が自由であるために、美しい。だけれども、時には腕に足にと鎖を巻いて自身だけに感情を向けさせたくなる瞬間もある。その瞬間に向けられる感情は裏切りによる失望と憎悪だろうが、それでも構わない。
 だけれども、できはしないのだ。
 小狐丸の膝を枕にしながら、穏やかに微笑む三日月を見ると、ただただ幸福を祈ってしまう。同時に、それを為すのは自分でありたいと渇望せずにはいられなかった。
 なんとも、恋とは禁断の園への鍵となる。
 近くの庭で遊んでいるのか、短刀の声がする。遠く無邪気な平穏を耳にしながら、三日月はゆっくりと体を起こした。
 向かい合う。三日月は畳の上に手をついて、小狐丸を見上げている。
 月の浮かんだ瞳の潤みが、いまが幸せだと告げてくる。小狐丸の傍らにあることを望んでくれている。
 小狐丸の感情の堰は外れ、三日月を強く抱きしめた。三日月もそっと背中に腕を回してくれる。
「あにさまには心配ばかりかけるな」
「それが兄の務めじゃ」
 少しだけ距離を作り、額を合わせる。紅と蒼の瞳を絡み合わせながら小狐丸は三日月の頭を手で覆い、口付けた。
 触れあわせるだけの口付けだというのに、なんて甘い。小狐丸はうっすらと目を開けながら、閉じた三日月の瞼を視線でなぜる。
 離れてから、三日月は外に目を向けた。すでに頬は赤い。
「覗かれるのが怖いか」
「あにさまのとろけた顔を見られるのは、嫌だからなあ。あれは俺だけのものだもの」
「言うたな。泣かしてやるぞ」
 ずいと顔を近づけて、脅かしてやるのだが、まったく効果は無かった。
 三日月は満面の笑みと一緒に言う。
「いくらでも」
 小狐丸にならば泣かされたって構わないと、なんであれ許してくれるのだ。
 その無防備な信頼に、また乱れる恋情をかきむしりながら、小狐丸は三日月を押し倒した。乱れた髪の隙間からのぞいてる、真珠の耳殻に歯を立てる。
 このまま一片ずつをかじりとって、三日月の全てを腹に収められたら良いのに。だけれど、そうしたらあの笑顔は見られなくなってしまう。
 だから、小狐丸は我慢する。
「あ、ん」
 やわらかなところに触れて、上がる甘い声に耳を澄ませた。三日月は抵抗しない。全てを小狐丸に委ねている。
 この恋が許されないなんてことは、もう、とっくに、わかっていた。


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    こぎみかとリクサラを主に、世界を大切にしつつ愛し合うカップリングを推しています。

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