大きなイベントもなく、穏やかに運営されているガンダムネクサスオンラインのとある丘で、リクとヒロトは戦いを終えて機体から降りた。勝負は接戦であったが、今回は辛うじてヒロトが勝利を収めた。
リクはそれを悔しがることもなく、ヒロトもそれを誇ることなく、互いの戦闘の反省点を話し合う。レンジの広いリクの機体と換装が多くバリエーション豊かに戦うヒロトの機体は互いに学べる点が多かった。切磋琢磨をしながら、高めあっていく。
それらが一段落すると、遠くで見守っていたサラが青いリボンをなびかせながら駆け寄ってきた。
「おつかれさま!」
モルの子どもを抱えているサラの周囲にはモルの夫婦がふわふわと浮かんでいる。純真無垢な笑顔でリクとヒロトを迎えたサラに、ヒロトは言葉をつまらせたようだった。一瞬だけだが息を強く吞む。
「どうしたの?」
リクが尋ねる。ヒロトは穏やかな表情のまま答えた。
「なんとなくだけど。もし彼女も、イヴもここにいたのなら……サラさんと同じようにしていただろうなって思っただけ」
それだけでリクも、サラも言葉を探すことが難しくなる。
ヒロトの傍で決して短くない時間を共に過ごしてきた少女が、イヴだ。その件についてはリクもヒロトも和解はしているが、ヒロトにとって簡単に割り切れることではないことであるのも承知していた。
ヒロトと恋と呼べる関係までに至っていたのかは不明であっても、想いは通じ合わせていた。それなのに、サラを守るために自身の命を代償にした、柔和だが気高い少女。
リクとサラの悼みの沈黙にヒロトは顔を上げる。
「ごめん。また、その話をして」
「ううん。そんなことない。私のお姉さんは、どんな人だったの?」
サラが問いかける。ヒロトは簡潔に、だがはっきりと愛おしさを込めて口にした。
「無邪気で、優しい人だったよ」
その瞬間に、ヒロトは気付いていないだろうが、微かに微笑んだ。それに気付いてもリクとサラは指摘しなかった。
ヒロトの表情は時が経つにつれて柔和になってきた。それでも、まだ笑顔を見られることは少ない。イヴについて話す時に浮かべる笑顔は特別なものなのだろう。
しばらく、沈黙が場を満たす。
その丘にまた違うダイバーが姿を現した。
「ヒロト」
ヒロトのガンダムビルドダイバーズの仲間である、メイだった。
「メイ」
「またヒロトが姉さんたちに世話になっていたみたいだな」
さばさばとした口調でメイは腕を組む。
「俺もヒロトとの戦いは楽しいから。参考にもなるし」
「そうか。それなら良かった」
頷くメイを横目にしながら、ヒロトはリクを手招きした。リクはメイを追い越してヒロトの隣に並ぶ。そのまま、サラとメイに背を向ける形でヒロトとリクは顔を寄せ合った。
「相談があるんだ。リクは、サラさんのことが好きなんだよな」
「うん」
確かめるまでもなくリクにとっては自明のことだった。
「その、好きという感情を理解してもらえた」
「ううん」
だが、強い想いを抱いていても恋愛に対する解像度に違いがあるため、いまだリクとサラは恋人同士ではない。周囲がどれだけ誤解していても、恋人ではなかった。
その返事にヒロトは肩を落とした。がっくしという音がつきそうだ。
リクはヒロトのいきなりの質問の意味を考える。そうして出てくる答えは一つだった。
「ヒロトも、メイさんのことが」
「まだ、そうとは言い切れないけど」
言いながらもがしがしと頭をかいている。リクは嬉しそうに笑った。
「そっか」
「何の話をしているんだ」
メイが声をかけてくる。リクは戻りながら苦笑し、ヒロトはまた溜息を吐いている。
「同じ悩みを抱えている同士、少しね」
「なやみ?」
「うん」
サラとメイは揃って首をかしげた。その姿は二人が確かに姉妹であると、外見が違っていても教えてくれた。
また、リクはヒロトにこっそりと話す。
「いまはまだ二人を見守っていよう。これから、成長していく命だから」
そうですね、とヒロトも頷いた。
誰にも汚させはしない。自分の隣で、守り続けようと。
いまだほころびかけている新たな生命の、全ての姉もきっとまた見守ってくれているから。
25.命
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