26.死神

 翠の蓮が首を並べている本丸であるために、その本丸は翠蓮本丸と呼ばれている。
 その本丸の廊下を歩くのは極の出陣衣装の小狐丸だった。手には四角い撮影機器を持っている。気まぐれに水晶体を向けるが、どこも切り取らない。
 小狐丸もこの撮影機器をどうしたものかと持て余していた。翠蓮本丸の審神者曰く「死神が映るかめら」らしい。なにゆえそういった不吉な物を持っていたのか、どうしてそれを小狐丸に押しつけたのかなど疑問は多々ある。このようなことで構われてもまったく嬉しくなかった。
 ぬしさまも、甘やかすとろくなことをしない。
 それはぬしさまだけに限らぬことではあるのだが。
 小狐丸が自室に戻ると、初の出陣姿の三日月宗近がちょこんと青い座布団の上に座って首をかしげていた。
「あにさま。どこに行っていた」
「野暮用を押しつけられていただけです」
 もう一振りの甘やかすとろくなことをしない相手の目の前であぐらをかく。そうしてまた、手の中にある撮影機器をひっくり返したり元に戻したりを繰り返す。あのような不吉なことを言われて何かを撮影などできるものか。
 三日月は当然のように、のそのそと小狐丸の膝の上に乗り、顔を上げて同じく小狐丸の手の中の撮影機器を見上げた。
「これはどうしたんだ?」
「ぬしさまから押しつけられました」
「ふむ」
 そう言っただけで、三日月は自身の胸を小狐丸の腕に押しつけてきた。ふにゅりと柔らかな体積を持った肉の感触が腕に伝わってくる。女体としての魅力を存分に教えてくれているようだ。さらにすりっと身を寄せてきた三日月は細い指を小狐丸の手にする撮影機器に絡ませようとする。避けた。
「危ないですよ。これはどうやら、いわくのあるものらしいのです」
「どういう物の怪が憑いている」
「このかめらで写真を撮ると、死神が映るらしいと」
「ふうむ」
 三日月は一瞬、考える素振りを見せる。
 そのまま寄り添い、小狐丸の顔の下に自身の顔を収めると撮影機器の上部に指を添えて、白い光を瞬かせた。
「三日月!」
「どれ、貸しておくれ」
 小狐丸の怒声などなんのその、といった調子で撮影機器を奪い取ると不器用ながらあちらこちらを押していき、ようやく目当ての画面を出した。
 間抜けな顔の小狐丸と、片目を閉じている三日月が鮮やかに映っている。それ以外は何もない。あえて見つけるのならば部屋の障子くらいだろうか。
「俺たち以外はいないな」
「ぬしさまも面白がったのでしょう。付喪神に死神が寄りつくはずもないのですから」
 もういいでしょう、と撮影機器を取り上げて文机の上に置く。三日月は変わらず寄りついたままだ。
 その三日月が、覆い被さってきた。小狐丸の肩に手を置いて押し倒す。そうして笑う顔に何やら含みがあるので、どうしたのかと見上げた。
 三日月は笑っている。はにかむのではなく喜悦を噛みしめるように笑っていた。そうして、小狐丸の鼻先にまで顔を寄せてくる。
「あの写真には、俺とあにさましか写っていなかったな」
「そうですね」
「では、あにさまの死神とは俺なのかもしれないな」
「はあ」
 そういった言葉しか洩れてこない。三日月は相変わらず機嫌良く、小狐丸に身を寄せて、鼻先をつついてくる。どうでもいいのだが胸を押し当てないでもらいたい。ふにゅふにゅとしていて今度は落ち着かなかった。
「あにさまはどういう終わりがいいんだ? 圧殺? 刺殺? 扼殺? それとも腹上死か」
「もう少し穏やかに息を引き取らせてください」
 あとは可愛い顔して嬉しそうに物騒な言葉を並べないでもらいたい。悪魔の誘惑のように魅力的に思えてしまう。
 小狐丸は三日月の臀部の辺りに手を這わせながら、言う。
「どうせ我ら刀剣男士は最後、折れて終わるに決まっているでしょう」
「うん。でも、あにさまが折れるのならば、もう俺が原因みたいだからな。あにさまが折れた時は責任を取るために同じ鋼へと溶けてしまおう。なに。もう、いなくなっても逃さないぞ?」
 流せるのならば、冷や汗でも流したかった。
 無邪気で純粋な妹として顕現した三日月宗近だが、こういうところは相変わらず怖い。物騒なことを愛らしい顔で言いながらも、肢体を寄せて男の性をそそり立たせてくるのも危うい。
「あにさま」
 そうして囁きかけてくる声も甘くとろけているのだから、小狐丸は困ってしまう。
 午後の日差しを浴びて小狐丸は三日月の背筋に布越しに指を這わせた。三日月は身を震わせて、熱い吐息を頬に吹きかけてくる。
「三日月が私の死神だとしたら、三日月の死神は私になるのですか?」
「うん。死因だって千年も前から決まっているからな」
「それはすごい。どういったものなのです?」
 三日月は笑う。
「毒殺だ。俺は、あにさまがいないあいだも長く毒を注ぎ込まれていたのだからな。恋という名の甘くこの身を突き刺す毒を」
 遅効性の責め苦を味わったと、ころころと口にする。
「それは、申し訳ありませんでした」
「もういいさ。だからな、あにさま。この後のあにさまは全部俺にくださいな」
 嫌などと言えるわけがなかった。
 小狐丸だって、同じなのだから。



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    創ることが好きな人。
    こぎみかとリクサラを主に、世界を大切にしつつ愛し合うカップリングを推しています。

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