広大な墓場から一振りの刀を見つけ出してくれる存在がいる。
その相手がいることこそ大きな救いだ。
かつて墓に埋められた刀剣男士である鶴丸国永だったが、いまは黄色い藤の花が一年ものあいだ静かに咲く本丸で暮らしている。
鶴丸はどこの刀というわけでもないのだが、くくりとしては伊達の刀に含められていて、いまは大倶利伽羅と一緒に生活している。とはいっても私物を同じ部屋に置き、寝室を共にしているだけで全くもって特別な関係ではない。燭台切光忠は太鼓鐘貞宗と同室を選択したことによる、消去法の結果だった。
鶴丸が朝のそれなりの時刻に起床すると大倶利伽羅はすでに布団を畳んで姿を消していた。畑の手伝いにでも行っているのだろうと察しをつける。最近は弟分ともいえる火車切が顕現したため、兄としての背中を見せなくてはならなくなったようだ。それを、燭台切からも太鼓鐘からも微笑ましく見られている。
鶴丸は机の上に置いてある鏡に顔を映して、寝癖を整えてから内番の服に着替えると、本丸にある共用の洗面所に向かった。その途中で小さな刀剣男士もどきがふらふらしていたが、声をかけなかった。下手に構うとまた小狐丸などに警戒される。
洗面所には刀剣男士はいなかった。鶴丸は顔を洗い、拭いて、歩き出す。向かうのは粟田口の面々が使用してる一角だ。廊下を歩き、仕切りの外された部屋に顔を出す。
「よお」
「あ、鶴丸さん」
最初に気付いたのは信濃藤四郎だった。すでに極の出陣衣装に身を固めていて、鶴丸のところへやってくる。
「いち兄を捜してるの? もう、部屋を出てったけど」
「どこに行ったのかはわからないんだな」
「うん。ごめんね」
申し訳なさそうに苦笑された。鶴丸は赤い髪の上に手を置いて、髪を乱しながら「気にするな」と言った。
気にしなくてよい。
「じゃあ、俺はまだ一期を捜すかな。信濃、ありがとよ」
鶴丸は部屋から離れて本丸を歩く。厨にも食堂にもいないため、庭に降りて端へと進んでいく。すでに見当はつけていた。
一期一振がどこにいるのかも。何をしているのかも。わかっている。ただそれは、どの刀剣男士にも言えないことだった。
そうしてたどり着いたのは黄色い藤が腕を垂らす、本丸の庭の端だ。本丸と現世の境となる壁の近くに一期はいた。すでに極の出陣衣装であるのは戦場に出るためか、それとも違う目的があるのか。
「一期」
「鶴丸さん」
穏やかな笑顔と共に振り向かれた。手にしているものと、笑顔の落差を痛ましく感じる。しかし表情には出さなかった。
一期の腕の中には、いくつもの粟田口の刀がある。すでに魂は解かれた。動くこともない。喋ることもない。鉄塊でしかなかった。それを手にしながら、一期がこの場所に来る理由は一つしかない。
この場所が、墓場であるためだ。
刀解された刀が埋められていつかは消える、刀の墓地として用意されたのが、黄色い藤が見守るこの一角だ。
一期は毎日のようにこの墓場へ通っている。それは、一期の弟たちが解かれやすいためだ。鶴丸国永や一期一振といった刀は貴重な部類に入る。そのため、入手しやすい様々な短刀に比べて刀解されることは少ない。だけれど、一期の弟たちである短刀は日々の任務のために、また所持数制限のために刀解されることが多い。
咲いてすぐに切り落とされる。
爛漫とではなく、慎ましやかに咲く藤を見つめながら鶴丸は一期の傍らに立った。これでも想いを通じ合わせた恋刀であるから、苦痛の一端でも理解したい。
同じ高さに目線のある一期の視線はいまは下に向けられている。葬られる刀。葬られた刀。選ばれなかった、弟たち。
いまは大阪城で催事があり、小判を目当てに数え切れないほど仲間たちが城内を巡っている。刀の入手も多く、かといって持ちきれないためにいくつも刀解されたのだろう。
咲いたはいいが、持て余されて切り落とされた花を一期は悼んでいる。表側に表れる優しさと、裏側でうごめく苦痛を鶴丸は想像して感じ取るしかできない。自分もまた、搾取する側の刀であることは自覚している。最初に見出されて、命をつないだ刀だ。そうでなかったらいまこうして立つこともできなかった。恋の花など夢見る間も存在しない。
「一期」
顔を上げて視線を向けられる。
不思議な瞳をしていると、いつも感じてしまう。危ういのに、悩むというのに自分のすべきことは選択できる思慮深さがさらりときらめく。
だから、守りたい。
「こんなことをするなって、主を脅かしてやろうか?」
軽口交じりに鶴丸は言った。
主のことは決して嫌ってはいない。本丸の運営も刀剣男士の管理も不手際なくこなしている審神者だ。けれども、政府から下された任務に不要なものには全く関心を寄せない。
いま一期が抱えている傷みにも。
それなのに、一期は困った顔をして答える。
「そんなことはしないでください」
「冗談だよ」
「鶴丸さん。私の嫌いな驚きは、いりません」
きっぱりと言われたので肩を抱き寄せる。それを拒むことはしなかったので、こういう驚きはよいのだろう。
一期の手の中の刀が打ちあわさって、鳴る。断末魔の余韻みたいだ。
「解くくらいなら。手を取るなよな」
「仕方ありません。それが、主のやるべきことです」
「いま君が偲ぶのも?」
一期は顔を上げた。
そうして、鶴丸の腕の中という温かな場所から抜け出すと抱えていた刀を、刀剣男士であったものを、花を生けるのと同じ丁寧さで地面に刺していく。
そして刀はやがて完全に消えていくのだ。
刀の墓場に立ちながら、一期は言う。
「私が彼らを偲ばなければ、あったことすらなかったことにされてしまう。存在のほころびに吸い込まれてしまって終わりです。それは、いやだ。私は剪定されたあの弟たちのことを、忘れてはいけないのだから」
金の瞳が鶴丸を真っ直ぐに射貫く。決して圧は強くない。だけれど、一期の意思を軽んじるものは愚物へと成り果ててしまうほどに気高い瞳だ。
一期の、そういうところが好きなんだよな。
鶴丸は微笑みながら、そう思わずにいられなかった。
常にどこか哀しげで、自責しながら、張り詰めているというのに弟たちを等しく慈しむ。
かつて墓にしまい込まれて、朽ちかけることになりそうだった己だから一層惹かれてしまうのだろう。
一期一振という刀は葬り去られる刀の味方だ。
24.墓場
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