あと三日だから(とうらぶ/こぎみか/青桜本丸)

 青い桜が雪解けの庭に落ちる本丸、青桜本丸の三日月宗近は小狐丸が大好きだ。
 物腰は穏やかで、触れてくる手は優しく自分だけを包みこんでくれる番の刀が愛おしくてたまらない。いつだって傍に寄り添っていたくて、一時すら視界から失いたくなどない。
 だけれど。
 いま、青い狩衣姿の三日月は小狐丸から逃走していた。
 埃一つない本丸の清められた廊下を早足で進んでいく。途中で水心子正秀にぶつかりかけて、源清麿が庇っていた。
「どうしたの? 三日月さん」
 水心子を背にしながら清麿は聞いてくる。怒りの気配はない。普段とは異なる様子の三日月に疑問を抱いているようだった。
 三日月は問いを前にして言葉に悩む。
 素直にいま胸を焦がす思いを打ち明けるべきか、それとも鷹揚に笑っていつものようにごまかすべきか。
 顔を上げる。障子を背にしながら水心子は清麿に守られている。それが、無性に羨ましかった。
 三日月はとうに極として最前線で戦っていて、守られるかわいげなど打刀の庇うことでしか向けられない。
 小狐丸による過保護と溺愛具合を眺めさせられている三条の刀や興味本位で見る鶴丸や粟田口の刀にしてみれば「何をのたまう」と言ってしまうほどに自己評価が低下しているいまの三日月の口から、疑問の言葉がこぼれた。
「お前たちはいつもそうなのか?」
「いつもではない! いまは、ぶつかりそうだったから清麿が私を庇ってくれただけで」
「うん。水心子が危ない目に遭うのなら、僕はいつだって守るよ」
 さらりと言う清麿の瞳に宿っている熱は小狐丸が自身に向けるものと酷似している。穏やかで焼き尽くさないように気を配りながらも触れると手を引いてしまうほどに温度は高い。
 三日月はなんだか力が抜けてしまった。口元に袂を当ててからからと笑った。
「はは、仲良きことは麗しきことだな。うらやましいぞ」
 本音が一つ、廊下にころんと落ちた。
 そう。本当に、うらやましい。
 俺も水心子みたいに守られたかった。一途に真っ直ぐに、何を犠牲にされてでも小狐丸の腕の中に閉じ込められていたかった。
 だけどそれはもう叶わない。
 三日月は清麿と水心子に背を向ける。逃げていた方向に向かって歩いていく。廊下の角を曲がったところで、懐かしい匂いがした。ふんわりと親しい熱が三日月を包み込む。
「つかまえた」
 そう言う小狐丸はなんだか、壊れた宝物を見つけたように悲しい顔をしていた。三日月は落ち込んでいるだけで元気だというのに。どうしてそれほど切ない表情を浮かべて眺めているのだろう。
 そう思う三日月はいまの自分の活力のなさに気付いていない。気付いている小狐丸が申し訳なさそうにうつむく。
「そんなに怒りましたか」
「ん」
 黙って擦りよった。
 いまの小狐丸から血の匂いはしない。極の白い戦装束もほつれも破れもなく綺麗な物だ。それが何を示すかわかっているから、三日月はまだ拗ねる。不機嫌を察している小狐丸は懇願の調子で言葉を続けた。
「今剣と二人で手入れ部屋にいただけで、貴方はそんなにお拗ねになっているのですか?」
「ん!」
 いくら相手が三条の長兄とはいえ、小狐丸とは三日月と違う独特の絆がある。
 それは微笑ましく、いつも嫉妬の対象だった。今剣の過去の記憶はいまはないが、三日月の知らない可愛い小狐丸を知っているのだ。それを話すと呆れられるが重要なことだ。
 小狐丸は三日月の生まれた時間を全て知っているというのに、自分がそうすることは叶わない。
 辛い。手入れ部屋で今剣と小狐丸はどんな話で花を咲かせていたのだろう。
「今剣には先に手伝い札を使ってもらってすぐに出てもらいました。私は一人で、貴方を思って十時間いたのですよ」
 思わぬ言葉に顔を上げた。
「馬鹿者、そうする前に俺を呼べ! すぐに同じ部屋に入ったものを」
「だからいやだったのですよ。三日月。約束したでしょう。貴方が、貴方を傷つけることをしないと。私はそうすることを許さないと」
 過去に三日月は小狐丸が手入れ部屋に入ることになるたびに軽傷を作って寄り添うことがあった。それは小狐丸にとって耐えられないことだというのに、三日月はさっくりといく。その小狐丸の心理こそ三日月にはつかめないものだ。
 離れて元気でいるよりも、怪我を負って一緒にいられた方がいいのに。
 いまだって、十時間。十時間もだ。それほどの時間のあいだ、三日月は小狐丸が不足していた。いまこうして抱きしめられていてもまだ足りない。もっと欲しい。もっともっと、優しくしてもらいたい。
 小狐丸が三日月の顔を上げさせる。その欲張りな表情に、目元を緩めると仕方がなさそうな様子で言う。
「戦力拡充での私たちの出陣も、あと三回で終わりだそうです。可愛い三日月。あと、三回がんばったら、ぬしさまはお休みをくださるそうですよ。怪我を負わないように頑張りましょうね。そうしたら……二月十四日はたっぷり可愛がってあげます」
 月を宿した目の下に人差し指を添えられて背中にぞくりとした高揚が走る。
 小狐丸が可愛がってくれる。いまのように触れてくれるだけではない。唇を寄せて、もっと、もっと奥まで、三日月宗近という存在の核に触れて愛してくれるのだという。
 それはいますぐ時間を跳ばしたいほどに魅力的な褒美だった。
「約束、だぞ」
「ええ」
 にっこりと小狐丸は笑った。

 そうして三日月宗近は張り切って戦力拡充にある超難の戦場へ出陣すると、真剣必殺で誉を取るものだから小狐丸はまた胃を痛める思いをしたという。
「なんですかね、あれ」
「しかたないですよ。みかづきですもの」
 無傷の今剣が励ますように小狐丸の背中を叩いた。


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    Writer

    創ることが好きな人。
    こぎみかとリクサラを主に、世界を大切にしつつ愛し合うカップリングを推しています。

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