17.昼間の森

 ガンダムネクサスオンラインの日常をひとまずは取り戻すことができた。
 リクは今日も仲間たちであるユッキー、モモ、アヤメ、コーイチ、そうしてサラと一緒に広い電脳世界に羽ばたいている。ミッションに挑戦すること、他のフォースと戦うことを繰り返しながら上位ランカーに向かっての階段をリクたちは颯爽と駆け上がっていた。
 毎日が充実して楽しい。それに偽りはない。
 ただ、リクにはもう一つの願望とも欲求ともつかない感情が年を重ねるごとに芽生えてしまっていた。
 冬季休暇に入り、ガンダムネクサスオンラインもところどころで冬景色が見られるようになった頃になる。
 リクは真昼に一人でガンダムベースを訪れていた。ナナミはおらず、サラが一人でテーブルに腰掛けている。
 祝福されるみたいに冬の日差しを受けているその姿に、リクは最近覚えるようになった、泣きたくなるほどの切なさと喜びを覚える。
 彼女がいてくれる。それだけで自分の戦いが報われたと、大袈裟なくらいに噛み締めるようになっていた。
「サラ」
 口の中で転がしていた飴玉を溶かす優しさで名前を呼べば、サラは振り向いて笑ってくれる。
「リク」
 視線を合わせて微笑み合う。
 彼女が人間ではなくても構わなかった。
 サラが、リクにとってかけがえのない少女であることには何一つ変わりはないのだから。
 リクはサラの前に近づいて、屈むことによって目線を合わせる。
「今日は一人なの? めずらしいね」
「うん。サラに会いたくて、来たんだ」
「そうなんだ。嬉しい」
 俺もだよ、と言えたらよかった。だけれど最近生まれた感情は大きすぎて時に抱えているリク自身が怖くなるものだった。
 サラを傷つけてしまわないか。怯えさせてしまわないか。
 だからリクはまだ言えない。サラに芽吹いたばかりの感情を何一つ伝えることができない。
「ねえ、サラ」
「なに?」
「二人で出かけようか」
 答えは曇りのない笑顔が言葉にしなくとも教えてくれた。

 二人で、ガンダムネクサスオンラインにログインする。ここではサラは人形ではなく普通の少女として過ごすことができた。
 今日はサラがサラに乗るのではなくガンダムダブルオースカイに二人で乗って、擬似世界を飛翔しながら適当な森の近くに着陸した。
 リクは先に機体から降りて、サラに手を差し出す。
 きっと他の女の子にはこのようなことなど、できないだろうししない。だけれどサラにはできた。
 ゆっくりと降りてくるが、リクの手を掴むのではなくそっと腕の中に舞い降りるサラをリクは抱きしめた。少しだけ離れて、微笑み合う。
「ありがと」
「うん。それでね、サラ」
 リクに抱擁されながら、無垢な様子で首を傾げるサラに続く言葉を一瞬忘れた。最近はこういうことばかりだと内心では苦笑してしまうのだが、それほどサラを見つめていると心を奪われるのだから仕方ない。
「リク?」
「なんでもないよ。少し、一緒に歩こうか」
「うん」
 森を、歩く。木々の間から溢れる陽光は眩しくて暖かで、たまにリスなどの小動物が木を登っていく音がする。それすらもリアルだが本物ではない。だけれどいま隣にいるサラは本当だ。
 現実でも共にいられるからこそ、してみたいことも沢山ある。
「サラはさ、リアルでもこういった森とか行ってみたい?」
「うん。見てみたい」
 好奇心が旺盛な少女はすぐに頷く。リクはその笑顔を見て決めた。口を開く。
「リクと一緒なら、どこにでも行けるよ」
 言う前に言われた言葉に口は半端に開いたままになった。そのリクのことなど気にしないでサラは話を続けていく。両指を開いて合わせながら、話す。
「リクとね、ここ以外でも一緒にいられるようになってすごく嬉しかった。わたしはリクがすき。もっと、一緒にいたい。いろんなものをリクと見て、すごいねって言いたいの」
 あまり流暢に喋るとは言えない彼女が、サラが紡いでくれた言葉が嬉しくて。胸の鐘が何度も鳴って、誤魔化しようのない感情と直面する。
 サラが、好きだ。
 自分は人ではないけれど確かな生命であるこの少女に恋をしてしまった。
 以前のように、慈しむのではなくて隣にいれば満たされるだけでもない、もっと我侭で深いことを望んでしまっている。
 サラと一緒に世界が見たい。
「リク?」
「うん、そうだね。俺も、サラと一緒に見たいものもサラに見せたいものもいっぱいあるんだ」
「同じだね」
 ううん、同じじゃないよ。
 微笑むサラにはやっぱりまだ言えなかった。
 俺は君に恋をしてしまったけれど、君はまだ好きでいてくれているだけなんだよなんて。
 昼間の森の陰が一瞬、二人を覆った。




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    創ることが好きな人。
    こぎみかとリクサラを主に、世界を大切にしつつ愛し合うカップリングを推しています。

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