14.手紙

 赤い葡萄が盛りを迎えて鳥に啄まれては地面に落ちる本丸であるためにその本丸は赤葡萄本丸と囁かれるようになっていた。
 赤葡萄の本丸には幾振りもの恋仲の刀剣男士がいるが、その中でも特に際立って仲睦まじいのは小狐丸と三日月宗近であった。二振りともすでに極に至るための修行に旅立っており、今は特に連隊戦や秘宝の里といった催物もなく歴史遡行軍を掃討するために出陣してはのんびりと本丸での日常を謳歌していた。
 そうして過ごすとある日に三日月が部屋の行李をひっくり返していた。紺色の蓋をどかして上半身を潜り込ませている。それを見かけた小狐丸はまるで猫がねぐらを探しているようだと感心してしまった。
 全ての着物や装飾品、手紙を出し終えてから三日月は首を少しだけかしげる。視線は空になった行李の中だ。そこにないはずのものがあるかのように見つめている。
「どうしたんじゃ?」
 小狐丸が声をかけると三日月は小さな声で「あにさま」と呼んだ。小狐丸はかがむと大きくなった弟に視線を合わせる。気軽であるため初の姿の出陣衣装でいたのだが、そのために着物の裾を掴まれた。縋るのでも頼るのでもなく、ただいて欲しいと願う姿は小さな頃と変わりがない。小狐丸の頬は思わず緩んでしまう。
 普段は飄々としていて弱いところを突かれると誤魔化すという狸の面も持っているが、それを繰り返すと小狐丸が愛想を尽かすことを知っているため、小狐丸だけには本性を見せる。寂しがりで甘えたな顔だ。
 小狐丸は膝をついて三日月に視線で訴える。「話せ」と。
 何か腹の中に据わりの悪いものを抱えているのならば全てを吐き出してしまえ。代わりに自分がそれら全てを呑み込んでしまえるのだから。三日月を悲しませるものも苦しませるものもあるのは仕方ないが、正面からぶつかる必要はないのだ。
 紅い瞳で見つめられるだけで三日月は全てを察したのか小さな言葉を洩らした。
「手紙があっただろう。昔、あにさまが折りに触れて送ってくれた」
「ああ」
 小狐丸は現世で刀身を失ってからも狐を使いにして三日月に季節の葉を贈っていた。言葉は添えられなくとも自分が息災であることだけは教えたく、しかし矛盾するのだが名乗りは許されていなかったため、ただ三日月のもとに葉を贈るだけだった。いまのような秋の季節には紅葉といったように。
 それでも匿名の便りの正体を三日月は見抜いてくれていたらしい。
 小狐丸はまた愛おしさで微笑むのだが三日月の顔は晴れない。
「刀であった頃は確かに数えていたというのに今はもう思い出せないんだ」
「そうか」
 肉体を得ると記憶の仕組みがまた変わるらしい。
 三日月の背中を宥めるように撫でる。
「私はかまわぬ。お主に思いが通じていただけで十分じゃ」
 それでも、三日月の顔は晴れない。
 番の我儘を困りながらも楽しんでいた小狐丸だが、ふと思い至る。
「三日月」
「ん?」
「明日は第二部隊に出陣を任せ、私たちは遠征に行かせてもらえないか、ぬしさまに尋ねてみよう」
「それがどうなるんだ?」
「花でも葉でも、また贈ろう。お主を飾る一葉は千年のあいだ変わらず在り続ける」
 三日月はようやく憂いのかんばせを終わらせた。
「それはいいな。だが、せっかく遠征に赴くならば団子が食べたい」
 正直な花より団子を好む三日月に、小狐丸は苦笑した。
 花でも葉でも団子でも。番が求む全てを贈る。


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    こぎみかとリクサラを主に、世界を大切にしつつ愛し合うカップリングを推しています。

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